les fatras
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君に会いに来たんだ
Je suis venu pour vous....<3/3>
B.結花梨
ドアの閉まる音を背に、彼女はやりきれなく感じていた。
自分で閉めたくせに、亮に未練を感じる自分をやりきれなく感じていた。
大学に入学してからすぐ、亮を知った。なんとなく友達と決めたサークルに、彼は居た。
好きになったのに、特に理由は無かった。
ただ、何故か彼に惹かれた。
少女漫画じゃあるまいし、と思うだろうが、そうとしか言いようが無いのだから仕方が無い。
知っていた。私が清水から飛び降りる気分で告白した時、向こうはこっちの名前も思い出せないほど、それはもう全くというほど、意識してもらえなかったのだということは。
そんなこと知っていた。それでもいいと思った。恋には、人を許してしまう何かがある。
亮は実際、遠くで眺めているより一緒にいる方が楽しい人だった。他の人とは違い、彼は本当に自分を信頼してくれた。無駄な気は使わず、私の好きなようにしてくれた。
そんな奔放でのびのびとした恋は、私をどこまでだって連れてってくれるような気分にさせた。
唇を交わしたのは、初めてのクリスマスの時だ。その時は、こんな幸せなクリスマスを亮と、何回も過ごすのだと思っていた。実際、その次のクリスマスも楽しかった。
でも、二回で終わってしまうとは思わなかった。
亮は時々無神経だった。
一度目の誕生日にはプレゼントを忘れたどころか、日付すらも間違いかけた。二度目はさすがに日付くらい合ってはいたが、結局プレゼントはもらえず仕舞いだ。
バレンタインに会いたいと言ったら、先約が入ったからと言って友達と焼き肉パーティに出かけていった。
亮に作ったチョコは食べてやろうかと思ったけれども、それではわくわくして作ったそのときの気持ちがあんまりにも可哀想だったから、亮のポストに投げ入れてやった。
食べてくれたかどうかなんて知らない。
別にプレゼントが欲しかったわけではない。チョコだって、絶対バレンタインに食べて欲しかったわけではない。
私は、亮の気持ちが欲しかった。
本当に自分のことを好きだという証が欲しかった。
恋人は、愛し合って生まれるものなのだ。
普通の人ならば告白した当初の、その甘酸っぱい思い出を胸に頑張ることができるであろう。だが、私はそれすらも当てにならないのだ。本当に、亮は自分のことが好きなのだろうか。ただ成り行きで答えてしまったその結果の、延長線であるだけなのだろうか。
彼は一度でも、私をきちんと真っ直ぐ見たことがあるのだろうか。
だけど、真剣に思いをぶつけたその日にとんでもないカウンターパンチを喰らってから、私はそれを聞くきっかけを失ってしまった。
私達はスタートラインから間違っていたのだ。これで、本当に恋仲だと呼べるのだろうか。
もちろん、いつも、そんなことを考えているわけではない。
その日は、なんだか寂しくて、空しくて、訳も無いのに泣きたくなるほどブルーで、亮はいつも素っ気無かったけど、それでもとても優しい時もあることを知っていたから、亮を頼って、彼のマンションへ行った。
行って何ということは無かったし、そもそも彼に会うのに理由などなかった。ただただ、亮に会いたいだけだった。優しく、受け止めてくれればいいと思った。
だが、
「なんだ、結花梨か。何しにきたの」
振り向いてすらくれなかった。亮に、私は見えていない。
「ううん、別に。近く通ったから、寄ってみただけ」
声が変わってしまわないように、気づかれないように、必死にそれだけ言った。
「忙しいみたいだね。いいよ、今日は帰るね」
大丈夫、気づかれはしない。彼は、私を見てなどいないから。顔を拭って、フローリングに滴らないように気を付けて。彼の部屋に、私の痕など残したくないから。
私はそこではっとした。もたれかかったドアの向こうで、自分を呼ぶ声がした。
反射的にドアを開けた。ただ亮に会いたかった。
恋人と恋人が会うのに、理由なんていらない。
彼は必死な顔をして、彼女にただ一言告げた。
「お前に、逢いに来た」
彼女は泣きそうな顔をして、彼にそっと言った。
「――待ってた」