親世代五年生

□八話
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今日の魔法薬学では生きる屍の水薬を調合した。スネイプでさえも一発で成功させることができなかった薬の調合。
スネイプにあっと言わせるために記憶を手繰り寄せ、原作で見た通りに作業し、失敗することなく調合することができた。
薬が黒板に書かれた色に変化し、意気揚々と手をあげたのだが、私以外にも同時に手を上げた者がいた。リリーではなく、スネイプだった。
一発で成功させることができなかったと書いてあったにも関わらず、成功したスネイプを驚いて見つめ、なぜかと思案した結果、あることが思い浮かんだ。そう、去年のクリスマスプレゼントだ。
中に生きる屍の水薬に必要な材料を入れておいたので、それを使って事前に作り方を創作していたらしい。鼻を明かすことができなくて残念だったが、久しぶりに点がもらえたので良しとした。
そんな一日が終わり、一人で図書館から出て歩いていると、向かい側からスネイプがやって来た。
軽く会釈するとスネイプは私の進行方向を妨げるかのように歩みを止めた。
私は久しぶりの進路の妨害を嬉しく思いながら話しかけた。
「こんちはー」
「生きる屍の水薬の効率的な作り方は、先生とやらに教わったのか?」
つっけんどんに聞かれ、戸惑いながらも素直に肯定した。スネイプは「やはりな」と言って言葉を続けた。
「お前の先生とやらは、余程腕の立つ魔法薬学の教員だったんだな。教科書通りにはやらない、先鋭的な人物だ。こう言ってはなんだが、スラグホーン教授よりも相応しい」
本人が言うと自画自賛しているように聞こえる。知らないとはいえ面白い。
「ふふっ」
「…なにが可笑しい?」
「いや、なんでも」
緩んだ顔を少し引き締めたが、スネイプは不機嫌そうに目を細めたままだ。
気まずくなったので昔と同じように逃げ出そうと思い足を動かした。
「是非とも会ってみたい。お前の学校はどこにある?」
足を止め、無表情でスネイプを見つめた。スネイプが冗談を言うことはまずあり得ない。一○○パーセント本気だ。
まさかそんなことを言い出すとは思いもしなかったので口を堅く閉じ、必死に言い訳を考えた。黙り込んだ私へ訝しげな視線が投げられてくる。
そこで何度も使っている、記憶喪失であるという設定を使うことにした。
「学校、どこにあるか憶えてないんだ」
「…魔法のことや教員のことを憶えているのにか?」
「うん」
「………」
疑ってる疑ってる。そりゃそうだよな。おかしいよね。分かるわー。
記憶喪失の設定をフルに使い、スネイプの質問攻撃をかわしていく。
「学校の授業のことは憶えてるけど、他はあんまり憶えてない。どんな生活してたかとか、親のこととか」
「ここへは師を通じて来たのではないのか?」
「うーん…実はそうじゃないんだ。…気がついたらここにいた。その前の記憶は…誰かと戦ってたような気がする」
「誰だ?」
「わかんない」
「…ダンブルドアはなぜお前を編入させた?普通なら病院で治療するべきだろう?」
「学校のこととか憶えてたから、不憫に思ってくれたんだと思う。それに記憶失くした時の治療って完全に治る確率ゼロだっていうしね」
聖マンゴ病院でのロックハートがその例だ。記憶を失くす以前の習慣を繰り返すだけの生活。他人から見れば不幸でしかないだろうが、本人たちからすればごく当たり前で、不幸などとは思わないのだろう。
だが私は記憶喪失ではないので病院行きは勘弁して欲しい。それも付け足しておこう。
「病院には行きたくなかったから、ダンブルドアに頼んだんだ。もっとたくさん魔法習いたいし、卒業したいし、就職したいし」
やりたいことはいくつかある。勉強ばかりの毎日から早く抜け出し、日本に帰って自由に遊び回りたいし、ダンブルドアに頼んで不死鳥の騎士団に入りたい。
四年生をタブっているので今すぐにでも進級したいくらいだ。
納得したかはわからないが、スネイプは口を閉ざして私の心を見透かすような目で見つめた。
ー会うたび会うたびこんな目で見られてなあ。
私は一つだけ、先生スネイプのことについて教えてあげようと思い、ここへ来て以来から着けっぱなしの首飾りをローブの下から出して見せた。
「これ、先生と最後に会ったときにくれた首飾り。…帰って来いって言ってた。そんなこと、言われるとは思ってなかったからちょっと嬉しかった」
ちょっとというか、かなり。私が死んでもどうも思わなさそうなスネイプに言われたのは、今でも信じられない。
「………」
「意地悪で、グ、私のいた寮の生徒全員嫌ってたけど、そこそこいい人だった。魔法薬学も凄かったけど、闇の魔術の知識もズバ抜けてて、校長が一番信頼してる先生だった。…私も信頼してるし、尊敬してる」
でも、もう…いや、まだここにはいない。久しぶりに会いたい。また皮肉と罵声を聞きながら、この人がいれば安心だと、心の底から落ち着きたい。
「名前も憶えていないのか?」
「…うん」
「……そうか。…いろいろと、すまないな」
スネイプに謝られた。新鮮ー。
ドアを引いて転ばせようと、ドアをぶつけて痛めつけようと謝らなかったあのスネイプが。
「うううん。…先生のこと少し話せて、なんていうか、聞いてもらえてよかった」
私の話を少しでも聞いてくれる日が来たことを嬉しく思う。ほんの断片でしかないが、未来の彼のことを伝えることができてよかった。いつか全て話したい。話した上で、またお酒を飲みながら何かを題材に議論したい。
こう考えていると、して欲しいことばかりがずらりと並ぶ。してもらうだけではフェアではない。私からもスネイプに返さなければ。
私から返せるのはクリスマスプレゼントでも、バレンタインのチョコでもなく、スネイプが生涯守り抜きたいと願う相手の安全だ。
首飾りをしまってスネイプに顔を戻した。スネイプは抑揚のない声で尋ねてきた。
「記憶を失くして辛くはないのか?」
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