親世代七年生〜その後

□二話
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ジェームズにはニンバスがあると知ってから早一週間。気持ちを切り替え、初練習のためメンバー全員でフィールドの控え室で、プロテクター装着の講習から始めていた。
アンナの華奢な体に、不釣り合いなプロテクター。アンナは、とても嬉しそうに顔を下に向け、しげしげとプロテクターを眺めている。
ダリスはすでに装着し終わっており、虚空を見つめていた。その反対側には、慣れた様子で柔軟体操をしているキーシャと、のろのろとマイペースに手を動かして、膝のプロテクターを着けているソニアがいる。
私は、クィディッチ用品一式が入った箱を持ち、ソニアも終わったところで全員にフィールドへ出るよう言った。
練習風景を見ようと、ちらほらと生徒が座っていた。以前と違って、キャプテンとしてここにいるのは、少し気恥ずかしい。
私はそんな気持ちを振り払い、メンバーを整列させ、開始の号令をかけ、クァッフルを持って宙へ浮いた。
久しぶりの光景が、目の前に広がる。感傷に浸りながら、アンナにはまず箒に慣れることを指示して自由に飛び回らせ、ダリスとエイダにバディを組んでもらい、ソニアは二人の進路を守るよう配置につかせた。壁役チェイサーのクロエには、今回は敵のチェイサー役をしてもらう。そして私は敵のビーター兼、チェイサー役だ。
私は地面に置いてある、まだブラッジャーが収まったままの道具箱に杖を向けて言った。
「落ちそうになったら、無理はしないでね」
各々、返事をした。深めに息を吸い、解錠の呪文と同時に「始め」と叫んだ。ブラッジャーが、地面からこちらへ目掛けて飛んできた。
「ソニア、頑張ってー」
小さいが、はーいと聞こえた気がする。ソニアは私の声に応え、ブラッジャーをバントした。衝撃で一メートルほど後退したが、落ちそうなほどぐらついてはいない。初めてにしては上出来だと思う。
「ナイスナイス!」
褒めながらバットを片手に、クァッフルを持ったダリスを追いかけ、クァッフルに手を伸ばした。
ダリスは左右から私とクロエが来ることを確認すると、後ろへクァッフルを投げた。それをエイダがキャッチし、私のカットを逆さまになって回避し、ゴールへ向かって投げた。それをキーシャは難なく受け止めた。やはり女子の筋力では、送球も遅い。なにか、高確率で得点できる必殺技を考えなければ。
あれこれと考え事をしながら練習していると、観客席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ナツキー!頑張れー!」
リーマスの声だ。見られていると、意識し過ぎるのでやめて欲しい。声がした方を見ると、やはりリーマスがいた。どうやらひとりで来たようだ。それならまだ良いか、と、観客席のリーマスへ、ひらひらと手を振りながら飛んだ。
練習するたび来そうだな、と、集中力が切れた頭で、そんなことを考えた初練習だった。





いーい湯ーだな、アハハン。
キャプテンになった特権、監督生用の浴場でお湯に浸かり、夕食前にのんびりと疲れを癒す。お湯に混ざっている石鹸のいい香りが、鼻腔を満たしていく至福のひと時。
歌の一つや二つ歌いたいが、他にも女子がいるのではばかられる。暖かいお湯で充分に体を温め終わり、シャワーの前にたって蛇口を捻った。上から下までさっぱり洗い流し、髪の毛の水滴を軽く絞っている時だった。
脱衣所から、一人の女子が中へ入ってきた。バランスの取れた顔立ち、手で覆うには少し大きいだろうと思われるバスト、適度なくびれ、そして太もも。神が作りたもうた、芸術品ともいえる女子が、そこにはいた。
自分の寮や、グリフィンドールの一部以外とあまり面識がないため、彼女のことは一切知らない。しかし、ここにいるということは、監督生かキャプテンなのだろう。
目を見張っていると、やがて目が合った。女子はすぐに目を逸らして、腰まで伸びているブロンドを揺らしながら、湯船へと歩いて行った。
私はじろじろ見てしまって失礼だったなぁ、と思い、すごすごと浴場を後にした。
着替え終わり、脱衣所を出てから大広間へ向かう途中、たまたまグリフィンドールの男衆と出会ってしまった。短い挨拶を交わし、一緒に大広間へと向かう。
「リーマスから聞いたぜー。頑張ってんなキャプテンさんよぉ」
「頑張ってますよー。でも気が散るから、あんま来て欲しくないんだよね…」
「僕、頑張れーって言っただけなのになぁ」
「はぁ?そんなんで気が散ってたら、試合になんねぇよバーカ」
シリウスの物言いにむかつき、軽く殴った。シリウスはもう一度バーカと言った。
「にしても君、ビーターなんだってね。てっきりシーカーだと思ってたー」
「ポジションはどこでもよかったんだ。他の人に、自分ができそうなポジション先に選んでもらって、あんな感じになった」
「そうなんだ。でもさ、いいの?」
「なにが?」
ジェームズとシリウスは顔を見合わせた。そこへリーマスが口を挟んだ。
「弟君のことだよ。君がシーカーの方が良かったんじゃないかってこと」
「うーん…多分、もう大丈夫じゃないかな」
向こうのシーカーは、もう既にレギュラスではない。
シーカーは小柄で空気抵抗が少ない者が好ましいため、体つきがしっかりしてきたレギュラスはシーカーを降り、新たなシーカーに委ねた。今はチェイサーだ。
「だって去年からチェイサーやってるじゃん」
「でもキャプテンになるって決まった日、寮の前で待ってたじゃないか。あれはそういうことじゃないのかい?」
レギュラスを振ってから数ヶ月経ち、また、クィディッチをやめてから二年たった。レギュラスはもうあの頃のように、クィディッチで私の勇姿を見たいと熱望してはないと思う。
だが断言はできないと思い直した。就任が決まった日の、様子がおかしいレギュラスを思い返しながら、うーん、と唸った。
大広間についたので、質問にはどうだろう、とだけ返してリーマスたちと別れ、エイダのいるグループの隣に座った。一人隔てた先にいるクロエが、少し背を反らしながら声をかけてきた。
「噂をすれば」
「イェーイ。キャプテン・ナツキ参上ー」
トレードマークとして、盾でも持ち歩こうか。投げれば必ず戻ってくる、特殊な盾。魔法が使える今、作ろうと思えば作れそうな気がする。
「監督生用のお風呂、豪華だった。人少ないからゆっくりできるし」
クロエは羨ましがる素振りなど全くなく、味気なくふーん、と答えた。そして、少し声を落として言った。
「ねえ今日の練習中、客席にブラック弟がいたの、気づいた?」
「マジで?」
「うんマジマジ。ビックリだったわー。しかも、隣にテスタがいたしさぁ」
「誰?」
「知らないんだ?えー…ほら、アレ」
クロエが顎でしゃくったその先に、先ほど浴場で見かけた女子がいた。スリザリンの制服を着ている。
「あの二人が、もうすぐ婚約するらしいってよ」
「へえー!」
それは目出度いことだ。ときどきナツキ、ナツキ、と、慕ってきたレギュラスが離れて行ってしまうことは寂しいが、一つ大人になり成長するのだと思えば、祝福する気持ちの方が大きい。
おめでとう、と手のひらをペチペチ叩くと、クロエは眉毛をくい、と上げてどことなく不満そうな顔をした。どうせ、ライバル出現、焦る私、という構図を期待していたのだろうが、そんな感情をレギュラスに対して抱いてはいない。
これ以上、ゴシップのネタにされるのは迷惑なので、話の矛先を新たな人物、テスタへ照準を合わせた。
「テスタって子はスリザリン?何年生なの?」
誰かが答えた。
「スリザリンよ。監督生になったばっかりだっていうから、五年生ね」
「美人で頭いいって、羨ましいわぁ」
「女版ブラック弟よね」
「あー確かに」
監督生になるには、頭が良いだけではなれない。それに値する人物か、寮監に認めてもらわなければならない。
寮監の中でも、才能や功績、家系にこだわっているスラグホーンに認められた、容姿も勉学も素行も申し分ない二人。日々の研鑽と、与えられた才能を持つ、理想的な完璧の体現者、と言うのは言い過ぎだろうか。
また誰かが言った。
「二人って、ルシウス卿とナルシッサ夫人みたいよね」
私はレギュラスと話しているテスタをちらりと見た。二人の間に流れる雰囲気が、お互いへの信頼感で温かく包まれている…と思う。
「うん。似てる」
「あんた、適当言ってんじゃないわよ。二人がいるとこ見たことないでしょーが」
そういえば、ここにきてからは一度もない。
適当に取り繕うと、女子たちはテスタに関する情報を、口々に言い始めた。
祖先はイタリア系らしい、使い魔として猫を飼っている、甘い物が好きで、よくハニーデュークスで見かける、などなど。
噂話を聞いていて、私の噂もこんな風に広がっていくんだなぁ、と、他人事ではない光景に、恐怖を感じずにはいられない。
噂話はやがて、お互いの顔を寄せ、声をひそめる内容に変わっていった。
「それで、両親はやっぱり死喰い人でさ」
「ウェストミンスター支部の幹部なんだって?」
「そーそー。そんで、一度は捕まったけど、証拠不十分で釈放だって」
「うわー…やっぱり、魔法省の中に証拠もみ消すためにいる奴とか、いるんだろうね」
「んでんで、その隠蔽に関わってる魔法使いってのがー…」
「こんばんわ」
私は集中して聞いていなかったので、目を見開く程度だったのだが、自分以外の女子たちは、肩を震わせるほど驚いて叫んだ。
振り返ると、そこにはダンブルドアが立っていた。みんなで夜の挨拶をした。
「なにやら楽しそうじゃのう。ワシも混ざろう」
「えぇ〜?!そんな、校長が楽しめる内容じゃないですよ!」
クロエが慌てて拒否するも、ダンブルドアはヒゲを撫でて私の隣に腰を落ち着けた。女子たちは困り顔で顔を見合わせると、誰かが校長のミステリアスな私生活について質問した。
「校長って、最近ほとんど朝も夜もいませんが、どこに行ってるんですか?」
「世界のあちこちじゃな。今はどこもてんやわんやの状況で、なにをするにも人が足りん。校長の身ではあまりしゃしゃり出てはいかんので、大体はご意見番じゃのう」
教師の政治活動は、マグル界でも禁止事項だ。ルシウスや、その他闇の勢力に押さえつけられているダンブルドアは、さぞもどかしいだろう。
「主に誰と話し合いしてるんですか?魔法省の大臣?それとも闇祓いの警ら隊の人たち?」
「それは秘密じゃ。それは当人たちと、ワシとの約束ごとなんじゃ」
みんな納得して頷いた。
「ところで、新しいキャプテン殿。首尾はどうかね?」
「えぇー…っと、まぁまぁです。みんなスジが良くて、教えたことはすぐ実践してくれるので助かります」
「そうかそうか。いいメンバーに恵まれたんじゃのう」
「そうですね」
「問題は、どこと当たるか、じゃの」
「ですねー」
今のままでは、どの寮に当たっても一回戦敗退の可能性が高い。だからと言って、キャプテンになったからには優勝杯を獲得したいので、諦めはしない。
私のやる気を見透かしたのか、ダンブルドアから考えてもみなかった提案が飛び出した。
「他の寮に、合同練習でも申し出てみてはいかがかの?」
「ええ?!そんなんアリなんですか?」
「アリじゃよ。ただ、言わずもがな、メリットとデメリットがある。そこをよくよく考え」
チリンチリンチリン。
マグゴナガルが、ダンブルドアに視線を送りながら鳴らしている。
「ふむ。話の途中じゃが、仕方ないのう。くれぐれも、怪我のないように。では、失礼」
「さようならー」
クロエがダンブルドアの背中を見送ったあと、合同練習かあ、と呟いた。
合同練習となれば、通常の練習とは違って実際に戦う分、お互いに戦術を明かさなければならなくなる。
今のレイヴンクローには、隠し球と呼べる代物はないので、こちらの心の準備は万端だ。しかし、他の寮はどうだろうか。
その合同練習を他の寮が見学しに来れば、その分他の寮の方が有利になる。とりあえず、保留にしておく。
やがて校長が挨拶し、食事がテーブルに並んだ。私は食事をしながら、今日の練習風景を振り返りつつ、どうすればもっと上達するか、勉強するよりも真面目に思案した。
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