親世代七年生〜その後

□三話
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明くる朝、不安になったせいで人生について深く考えてしまいほとんど眠れず、寝不足でうまく回らない頭のまま、なんとか昼食時間を迎えることができた。
気づいたら寝ていたが、寝不足の度合いと疲労感的に、約二時間程度だろうと思われる。眠れない間、自分という存在や、他者との関わり方など、人生にまつわる様々な題材をベッドの上で哲学したが、答えは出なかった。
すぐに眠りたくて大広間へ急ぎ、テーブルの上に着くなり突っ伏した。
するとすぐ後に、隣に誰かが座った気配がしたので顔を上げた。そこにはクロエがいた。クロエは小声で話しかけてきた。
「眠れなかったんだ?」
「うん、もう、マジ眠い。おやすみ…」
口を動かすのも億劫だ。途切れ途切れに言い、クロエに構わず腕を枕にし、再び突っ伏した。
その近くを、クロエとエイダを含むレイヴンクロー女子たちの会話が飛び交った。
「やっぱりさぁ、テスタが怪しいよね」
「だよね。だってさ、このタイミングでやるって言ったら、あの子しかいないよ」
「レギュラス・ブラックの婚約者だもんねぇー」
「ナツキがまたクィディッチやり始めたから、焦ってやったに決まってる」
「いきなり呪うなんて、スリザリンらしいよねー」
「創始者のスリザリンも、相当ヤバい奴だったって言われてるから、あの寮に集まってる奴ら、みんな問題児みたいなもんなんじゃない?」
その発言は差別である。寮の振り分けというのは本来、生徒の素質がどの寮なら伸ばせるかという部分に着目して行われているものだ。
レイヴンクローだからといって無条件に頭が良くなるわけではないし、ピーターのように、グリフィンドールにいながら、敵に立ち向かう勇気を培うことができなかったりする。だから、寮の振り分けは必ずしもそうなるわけではないのだ。
個人個人の資質を、思想が似た生徒で固め、それぞれの寮に合った寮監がまとめ、より高めていく。寮の振り分けというのは、性格しやすい場を与えているだけに過ぎない。
ただ、女のくせに、男のくせに、または、血液型が○○だから〜などと、理由づけをするには便利なので、みんなは頭のどこかで間違ってるとわかっていながら、集団に属する…属…。

ぐう。




大広間の件から一ヶ月。あれから特にこれといったことは何もなく、ダラダラと過ごしている。
ジェームズとスネイプの場合、お互いに忌み嫌い合っており、双方が認識している上での呪いの掛け合いなので、周囲は気に留めはしなかった。
しかし、私の場合は顔の見えない相手だったため、初めてここに来た時のような好奇の視線に晒される羽目になった。
その視線が嫌でも大広間でのことを思い出させる。
そんな回想をしながら休日の今日、することもなくベッドに転がっている。
「………」
あまりにも、暇だ。休日なので、図書館にもたくさん生徒がいるだろう。城外にも、廊下のあちこちにも。
どこか、私のことを誰ひとり知らない場所へ行って、少しでものんびりしたい。
「………」
暇過ぎてベッドの上で柔軟体操をし始めた頃、はた、と良いことを思いついた。そう、姿現しで遠くへ行けば良いのだ。遠い、でも魔法ならすぐに行ける日本へ。
私はがばりと起き、箒と荷物を持って窓から飛び出した。
姿現しは敷地内では使えないので、ホグズミードへと向かった。その途中、ジェームズのいないグリフィンドール組とばったり出会った。その中の一人、シリウスが珍しくが話しかけてきた。
「よお。今から部屋で飲むけどお前も来るか?」
「いや、いい。今から日本に行くから」
ぴしゃりと断ると、三人は口々にへえーと言った。私はその横を通り過ぎようとした。
「じゃあ俺らも連れてけよ。ちょうど暇だからな」
「自分含めて四人の移動は…自信ないなあ…」
「往復すればいいだろ」
「めんどくっさ〜」
不満たらたらに言い放つと、リーマスが効率の良い移動方法について提案した。
「先発で誰か一人を連れて行って、また日本から戻って後の二人を連れて行けば、二往復で済む」
「確かに」
「レイヴンクローのクセしてあったまわりぃのー」
「うるっさい」
「まあまあ」
それにしても、とんとん拍子にきまってしまった。まあ、たまにはいいか。
気を取り直し、ホグズミートの入り口付近へ向かい、そこから姿くらましで日本へと渡った。
最初はリーマスを連れて行き、二度目はピーターを担当した。無事に全員五体満足で移動を完了し、コンビニへと足を運んだ。手動ドアを開けて、中に入った。
トゥットゥルー、トゥットゥルー…卵下さい、卵ひーとーつ…久しぶりのコンビニである。
シリウスはドアを過ぎて中に入り、開口一番に言った。
「うおー、涼しいな」
「いいよねクーラー。ホグワーツも付ければいいのにさ…」
「電気ってたまに便利だよね。電線、だっけ?それがないと使えないのは面倒だけど」
「そうだね。まあ、魔法があれば電気がなくてもいろんなことできるけどね」
「まあね。…これ何?」
「アイスだよ」
「うおお食いてえ。俺らここの金持ってないからおごれよ」
財布の中身を確認しながら「いいよ」と言った。
シリウスたちは初めてのアイスコーナーに手を突っ込み、冷たい冷たいとはしゃいだ。
安いからいいだろう。一つせいぜい五○円。カップ系のアイスは百円いくかいかないか。
今年は一九七八年。バブル時代真っ盛りで、数年前から円安が続いており、諸外国の通貨に比べて断然価値が低い日本円。
換金レートは切りのいい百円前後ではなく、二百円と三百円の間を彷徨っていることがほとんどだ。
原作関連のとある本の裏に書かれている、九百円プラス税という値段の下には一四シックル三クヌートとある。
私のいた時代のマグルのレートは一ドル百円前後だったので、未来のレートは一シックルはだいたい五○円か六○円くらいだったと推測できる。さらに一ドルは変動しようと、おおよそ百円の価値があると仮定する。仮定する根拠としては、このコンビニの表にある求人募集の要項に、時給六百円とあったからだ。都心ではあるが、未来と三百円ほどしか違わない。まあ、八時間かける九百円と六百円では大きく差が開くが…。
それはさて置き、自動販売機も一本百円だったりと、物価の値段もほとんど変わらないので外国もそうではないかと思う。そこから推測すると二シックルは、全世界共通のレートとして基準を定めている一ドルに相当するはず。なのでシックル二枚は二百円以上の価値があり、日本円はその逆、ということだ。
だからこそ買うなら今しかない、といった風に、外国の企業は日本に進出し、性能面で評判のいい日本車を買ったりするなどしているため、日本の経済はうなぎ登りを続けているわけだ。
しかし長くは続かない。記憶が曖昧ではっきりと言えないが、九○年代が始まった頃かその前に終わるはずだ。
レートが高いうちに換金し、洋服や食料品などいろいろな物を買っておこうと考えながらシリウスたちを眺めた。
三人は物珍しげに長々と選んでいる。こら、さっさと選びなさい。店員さんが見ているし、中のアイスも溶けてしまう。早くしろとつつくとやっと選んで蓋を閉めた。
アイスはそれぞれに持たせ、イギリスではまずお目にかかれないお団子の他に、おにぎりやお菓子なども買ってレジに並んだ。カゴいっぱいの商品を持ってきたので、店員たちから訝しげな視線を送られた。
子供が大人買いをしたことに対し疑念と不快感を感じたのだろう。しかし私はとっくに成人している。どんなに睨まれようと怖気づくことなどしない。そして円安万歳。バイトしてて良かった。
コンビニから出てアイスの入った袋をシリウスたちに渡し、コンビニのゴミ箱前で食べ始めた。
「おーうめえ」
「おいしい。これ、なんて名前なの?」
「アイスバーだって」
「捻りねぇな」
私は日本の製品ということもあり、至極真面目に返した。
「他に考えつかないなら仕方ないじゃん。それに覚えやすい方が認知されやすいしね」
リーマスがカップのアイスを口へ運ぶ手前で言った。
「アイスクリームもそのまんまだしね」
「あー確かに。でもなあ、バスキン・ロビンスの新商品みてぇに少し捻っても良いんじゃねえか?」
「なにそれ?」
「はぁー?」
「知らないの?」
ピーターまで驚いた顔をしている。イギリスの店になど興味ないのだから仕方ないだろう。
「アイス屋さん?」
「マグルのね」
「いつも三一個のアイスがあって、時たま新商品が出てくる」
「三一?」
その数字、聞き覚えがある。その数字の日に割引セールをする、あの。
「もしかしてサーティワン、かなあ?」
「三一って数字が店のロゴに書いてあるから、こっちでは数字で呼んでるのかもね」
「そんな気がする。それに他に三一個も種類用意してるアイス屋さんなんてないから、多分そうなんだろうなあ」
バスキン・ロビンスか。アイス屋さんの名前としては覚えづらい。アルファベットや欧米の人名に親しみのない日本人は、数字で覚えた方が伝わりやすいからそうしたのだろう。歴史の一部を知り、一つ賢くなった気分。
アイスを食べ終わってゴミ箱へ捨て、公園のトイレへと向かってホグズミードへ戻った。
リーマスが荷物を一つ持ってくれ、ホグワーツへ向かって歩き出すとシリウスが尋ねてきた。
「そんなに買ってどうすんだよ?つーかなに買ったんだ?」
「少し前から日本円が安いんだ。だから買い溜めしといた」
「日本のお金が安いからって、どういうこと?」
私は日本円をイギリスの通貨であるポンドに置き換えて説明した。三人はなるほど、と頷いた。
「だってんなら、俺んちの財産使って日本に別荘建てるってことも簡単なんだな」
「今はね。でも円安は一○年以内に終わる…思う」
断言しそうになったところを言い直し、取り繕うように言った。
「ほら、始まりがあれば終わりもあるってよく言うじゃん」
「カッコつけた言い方すんな」
「うるせえ」
「まあまあ…」
事情を知るリーマスに諌められ、気を取り直して説明した。
「今は一シックル、百円以上の価値なの。さっきのアイスが三個くらい買えるし、二シックルならダイアゴン横丁のアイスクリームが二つ食べれるくらいの値段に換金できるんだ。すごいっしょ?だから今のうち買い溜めしとこうと思って、保ちが良い食べ物たくさん買ったんだ。焼きそばとかカップ麺。食べる?」
「なんだそれ?食う食う」
「初めて聞いた。どんな食べ物?」
「焼きそばは…」
今日は日本でのんびりすることを諦めて三人と遊ぶことにした私は、焼きそばやカップ麺の説明をしながら三人と共にホグワーツへ帰った。
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