親世代五年生

□八話
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声色には情緒はないが、言葉は私の境遇を気遣ったもので、スネイプが元から持っている優しさを表していた。
去年、神秘部へ向かう直前に会ったスネイプとの会話の中で初めてかけられた、温かい、一生忘れることがないであろう言葉が浮かんだ。

『帰ってきてから読めばいい』

死喰い人と戦っても負けるな、死ぬな、生きろと。また言って欲しい。そしてまた拳を合わせ、青春ドラマの真似事をしたい。けれども今、私とスネイプは志を共にする騎士団員ー仲間ではない。
そんな言葉は、優しさは、もうー
「おい…?!」
そんなことを考えたせいで涙が出てきてしまった。どうしても止まらない。腕で目の部分を押さえ、溢れてくる涙でローブの袖を濡らしていく。
スネイプは私の震える背中を押して廊下の端へ歩かせながら、声をひそめて言った。
「すまない。不用意な質問をしてしまった」
「うううん…むしろ、ごめん…ごめんなさい…」
きっとリリーは本来は人並みに優しいことを知っているからこそ、死喰い人を目指すと宣言し、実行しようとしていても見捨てないでいるのだろう。
「これ、使え」
顔をわずかに上げると、目の前にはスリザリンらしく深緑のハンカチがあった。自分の私物を貸してくれるとは。なんて、心優しい学生スネイプ。
「ありがとう…」
「………」
ハンカチで目を押さえ、鼻をズルズル啜っていると、動く階段がある吹き抜けの方向から慌ただしい足音が聞こえてきた。
驚いて顔からハンカチを離すと、リーマスがちらちらとこちらを振り返る生徒たちの向こうからこちらへ走って来るのが見え、スネイプが顔をしかめた。面倒なことになってしまい、心の底から申し訳ない。
「どう、したんだ?」
リーマスは息を切らせながら私の肩を掴み、スネイプと距離をとらされた。スネイプに泣かされたという誤解を解くために急いで涙を拭いて言った。
「私が、勝手に泣き出しただけで、スネイプは、なにもしてない……スネイプ、ごめん」
「別にいい」
「………」
リーマスは私とスネイプを交互に見た。本当かどうか疑っているようだ。疑惑を晴らそうと、なぜ泣き出したのか理由を言った。
「先生、ここに、来る前に、私に帰って来いって、言ったんだ…だけどもう、帰れないって、なんとなくわかってるから、それ、思い出したら、なんか、泣いちゃった…ハハハ…」
笑って誤魔化し、リーマスを見上げる。泣き顔見られるのは恥ずかしい。今年二二のいい大人だというのに。
深呼吸を繰り返し、元の呼吸のリズムを取り戻していると、スネイプがポツリと呟いた。
「お前は、先生とやらを余程好いているんだな」
意地悪をされたことが邪魔をして、心が認めるのを拒否していただけで、きっとそうなのだろう。異性としてではなく、目的がわずかに重なっている仲間として。そして、面倒をみてくれている親のような、友人のような存在として。
「ふ、ふ、ふ…あー、そうみたい。自分でも、気づかなかったよ…いなくなって寂しいって思ってたけど、こんなに、泣くほど寂しいとは…ねえ」
笑って言うと、リーマスがつられて笑った。
あのグリフィンドールを目の敵にしている、意地悪なスネイプのことを考えて泣く日が来るなんて、数年前まで考えたこともなかった。しかも本人の目の前で寂しいと、気持ちを曝け出すなんて。
先ほどのことを思い返すとやはり恥ずかしい。いつか本人に話す日がくる時のことを想像すると、羞恥心で悶え死にしてしまいそうになる。
二つの恥ずかしさが相成って、視線をスネイプの顔、横、顔、横と忙しなく動かしながらハンカチをポケットにしまって言った。
「ごめんね。ハンカチ、洗って返すね」
「いや、いい。そのハンカチはやる。…じゃあな」
「え?…ありがとう」
スネイプスタスタと、遠目にこちらの様子を伺っていた生徒たちの好奇の視線に晒されながら、その場から足早に歩き去った。
「………」
もう一度深呼吸をして、ぶっきらぼうなスネイプの顔を思い浮かべながらリーマスを見上げて笑うと、首を傾げて微笑みかけられた。
「ごめんねリーマス。もう、なんともない」
「そう。よかった」
よし、顔洗おう。そしてトイレットペーパーで鼻をかもう。そう考え「トイレに行って来る」と言って歩き出すと、リーマスもトコトコとついてきた。
女子トイレの前までくると、リーマスは入り口の脇に立ち、壁にもたれかかった。出てくるまで待つということだろう。
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