盗賊と影の本棚

□5 伯爵と影 後編
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「…あの、失礼します」

控えめなノックにルフィは目を覚ます。どうやら眠っていたようだ。
こんなときに眠るなんて、この状況に慣れてきたのか図太い自分に苦笑する。

「ご、ごめんなさい。寝てましたか?」
「いえ、大丈夫です。あれ…あなたは」

灯りが点され、ルフィはベッドに腰掛けた。そして、部屋の中に入ってきたメイドの姿に目を丸くする。
そこにいたのは大通りでムチ打ちにされそうになっていた少女だった。
少女はルフィの腕についている手枷を見て、顔を歪める。

「ごめんなさい! 私のせいで…こんな…」
「いいえ、気にしないで。私、あの方から話を聞いたらここから逃げるつもりだから。それより、あなたはあのあと酷い目に合わされたりしなかった?」
「…私は大丈夫です。それどころか褒められました。あなたを…捕まえることが出来たから」
「そう…ですか」

本当に分からない。伯爵に会った覚えはいくら考えてみてもなかった。
お嬢様を知っているなら屋敷時代に会ったことがあるはずなのに。

「あの…男の方だったんですね」
「えっ?」
「ご、ごめんなさい。あなたを着替えさせたのは私なんです。その…他の人は知らないし、言ってませんから」

赤い顔でうつむく少女を見て、ルフィの方が恥ずかしくなる。
一体、どこを見て、この少女は自分を男だと判断したのか。考えるだけで赤面してしまう。

「そ、そっか。えっと…おれも気にしないから、お前も気にすんな」
「は、はい。訳ありなんですよね? とても、似合っていると思います」

笑顔でそんなフォローをしないで欲しい。
ルフィはこのことは考えないようにしようと決心した。

「私、ビビです。実は今日が初めてなんです。こういうところで働くの」
「そうだったんだ。あ、おれはルフィ。まァ、座れよ。あと敬語じゃなくていいから」

ルフィは自分の座っている横をポンポンと叩いて、突っ立っているビビを呼ぶ。
ビビは遠慮がちに笑ってから、ルフィの横に座った。

「わかったわ。私の父がどうしようもない浪費家で…何度言っても直らなくて、私が幼い時に母が父を見限って、遠い街に住んでいたの。そんな父が死んで、初めてわかったんだけど伯爵様に借りてるお金が多くあって…借金ってやつ。払える見込みが無いので私が屋敷で直接働くことになったの。それで今日が初日だったんだけど…ミスが多くて」
「それで、大通りでの出来事?」

例の出来事を思い出し、ルフィは自然と仏頂面になる。

「はい、誰も助けてくれないものだと思っててムチで打たれるのは当然だと…でも、ルフィさんが助けてくれて、とても嬉しかった。本当にありがとう」
「どういたしまして。ケガがなくてよかったな」
「……優しいんですね。私、もう屋敷に来なくていいと言われたの。私が一生、ここで働いてもなくならないような多額の借金も帳消しにすると」

ルフィを捕らえるきっかけを作った褒美だろう。
ビビは苦い表情で苦しそうに呟く。

「よかったんじゃないか?」
「え?」
「だって、一生ここで働かなくてすんだんだろ? よかったじゃん。おれは頼りになる…仲間がいるから、絶対に大丈夫だから気にすることないぞ」

太陽のような明るい笑顔にビビは泣きそうになってしまった。
こんな状況、怖くないわけないのに。なんて強い人だろう。

「私にルフィさんの手助けをさせてください。わかることはなんでも話します! このまま母のところに帰るわけにはいかない」
「いいの? 下手したら借金のこと、また持ち出されるかもよ?」
「あなたを見捨てるぐらいなら、ここで一生働いたほうがマシです」
「ありがと…すげェ心強い」

ルフィは本当に嬉しそうに、安心したように笑った。
不安な状況の中で初めて安心して話せる味方ができたのだ安心して当然だろう。

「なんで伯爵がおれを捕まえたか知ってる?」
「それは…ごめんなさい、わからない。でも、ルフィさんのことを守ると言ってました。危害を加えるつもりはないみたい」
「そこがわかんねェんだよな」
「面識、ないの?」
「うん…これは本人に聞いてみるか〜このあと来る予定だから」
「うん、もうすぐ夜会が終わるから、そうしたらここに顔を出すはず。伯爵様がいるときはメイドの入室は禁止されてるから話ができるのはそれまでですね」

ビビは時計を見て、残念そうに頷く。

「…そっか。この屋敷って実際どこあるんだ?」

聞きたいことは山ほどある。
今のように二人きりで話せる機会はあまりないかもしれない。
ルフィは出来るだけ多くの情報をビビから手に入れた。
もちろん、ビビの分かる範囲で、だ。
土地勘も無く、この屋敷に初めて来たビビが話せることは意外と少ない。
それでも、一生懸命ルフィに伝わるように時間の限り話した。
しばらく話したあと、突然ノックの音が聞こえ、二人は身を竦ませる。

「びっくりした…伯爵かな?じゃあな、ビビ」
「はい、また誰もいないときに来ますね」
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