短編2
□シャドウクロス
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「好きですっ」
お気に入りの甘味処がもうすぐ閉まる時間だからってこんな道通るんじゃなかった。切羽詰まったと言うか、一大決心したのであろう台詞と女の人の声に急いでいた足は見事に止まった。別に興味本位とかじゃない。ただこの告白現場を横切らないと甘味処にいけないもので。さすがにこの空気を壊す訳にもいかないし。
それに強いと思った。あたしには想いを伝えるなんてこと出来ないもの。今の関係が壊れてしまうのを恐れているから。
そんなこんなで、引き返そうと振り向いたところで聞こえた今度は男の声にまた足は止まった。
「悪いけど、」
好きなヤツいるから、と続けるそれはほとんど毎日耳にする修兵のものだった。よりによって修兵の告白現場に遭遇するなんて…と心臓を締め付けられていると相手の女の人はバタバタと走っていった。どうしようか、甘味処はもう閉まってしまうだろうし、修兵があたしの霊圧に気付いていないとは考えにくい。
壁からそーっと覗いて見る修兵の横顔はやけに沈んでいるように見える。告白されたのに落ち込むのは何故?このまま立ち去るのも逃げたみたいで嫌だし…よし。
「好きな人いたんだね、修兵」
「んだよ、いたのかお前。立ち聞きなんて趣味悪りぃな」
偶然だと説明しても、ふーんと気持ちのない空返事。フラれるよりもふる方が辛いって聞いたことがあるけれど、本当なのかしら。そうだとしても女絡みで修兵が辛いとか悩むだなんて想像出来ない。だけど現実は彼女が走り去った先をぼーと見つめる修兵が目の前にいる。あたしだけ見てくれればいいのに、なんて勝手な独占欲。
「意外だなあ」
「何がだよ」
「修兵って女の子取っ替え引っ替えだと思ってたからさ、断るのがあたし的には不思議で」
「おい、ひでー言われようだな」
こんな喧嘩腰に話すつもりはないのに、言葉に出るのは心の奥に隠していた感情。臆病なあたしはさっきの女の人みたいに素直になれないのだ。いつも思ってもいないことが声に言葉に表れて、後から後悔することも少なくない。
モテる男は罪だよねえ、とまた嫌味なことを言えば思いがけない返答。ついでに言うと、はって捨てるように修兵は笑った。
「好きなヤツに告られねえと意味ねえよ」
断る理由なんかじゃなく、やっぱりちゃんといるんだ好きな人。鈍器で頭を殴られたような(そんな経験ないけれど)感覚に襲われる。
本当に好きな人いるんだ、と呟けば修兵は、いちゃ悪りぃかよ、と少し照れたように顔を逸らした。
苛々する。こんなにも近くで想っているのに修兵の気持ちはあたしには向かない。寧ろ嫌われているかもしれない。こんな、可愛くないオンナ。
「けど嫌われてっかもしんねえ」
「(修兵も…?)どうして?」
「言わねえ」
「…好きな人って、誰?」
「教えねえ」
瞼を伏せる修兵はやけに綺麗で直ぐにでも触れたい衝動に駆られた。手を伸ばせば届くのに彼は遠い。
「お前にだけは絶対教えねえよ、バーカ」
振り返って歩き出す修兵を追いかけて問い詰める勇気もなく、ただ情けなくて悲しかった。
「バカは修兵だよ。わたしだって好きなのに気付かないで…たまにはこっち見てよ…っ」
シャドウクロス
(この想いはとどかない)
080615
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