西へ東へ

□すがりついた藁
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二日前、松平長官から直接電話があった。


電話がかかってきた時は、どうせまた栗子ちゃんの彼氏の素性を調べろだとか、ホステスとの仲がこじれそうだからどうにかしろという、自分勝手な命令が下されるんだろうと思っていた。

しかし、それはどうやら違うようだ。



以前、俺は松平長官から勅命を受けた。


それは、戦時中、戦火によって焼け野原になった町に、生き残りがいるかどうか調べろというものだった。

何で直属の部下に命令せずに、真選組監察の俺に頼むんだよと、内心でぐちぐちと文句を言いながらも、俺は副長の許可を得ると、早々に調査を開始した。


しかし、その町は全焼してしまっていたし、戦争が終わってから随分と年月は経っている。
書類が残っているはずがなかった。


町の近辺に住んでいる住人たちに聞いても、あの町は全焼して残っている者はいないし、いたとしても、もうここに戻ってくることはないだろうと、口を揃えて言うだけ。

結局、近辺の役場に問い合わせて、その町の出身者がいないかどうか調べてもらったのだが、見つからなかった。


どこの町も戦後は混乱していたし、どこの出身かは自らが名乗り出て再度住民登録するしかない。

誰も名乗り出なかったということは、町の戦火から逃れた者は、すでに遠い場所に越してしまったか、いないかのどちらかだ。


おそらく後者だろうと勝手に思いこみ、長官に報告して調査は終わったと思っていたのだが、どうやら俺のカンは外れていたようだ。



『ザキ、二日後の午後九時半に、歌舞伎町の会員制のクラブ花に行け。そこで、お前の知っている情報を話してこい』


何の情報なのか、そこで誰かが待っているのか、聞く暇もなく電話は切れた。
折り返してみても、長官は無視を決め込んでいて、その内に通話中で繋がらなくなった。



そして、二日後。

命令が下ったからには、行かないわけにはいかない。

その日は運よくも早々に仕事が終わった。
しかも翌日の仕事は、昼からになっている。

遅くなっても平気なため、なんとなく気持ちに余裕があった。
そのせいか、副長にも今回の件は言わずに屯所を出た。


なぜだか、今日クラブ花に行くことは、誰にも言ってはいけないような気がしていた。



クラブ花は、歌舞伎町にしては目立たない、地味なビルの中にあった。

今にも止まりそうな、がたがたと揺れるエレベーターで、ビルの3階に上る。
廊下に出ると、そこは薄暗かった。

切れ掛かった電球が、ちかちかと廊下を気味悪く照らしていて、つき当たりにある会員制という札がかかった木の扉は、年季が入っている。


ここにきて、緊張してきた。
嫌にどきどきする胸をなだめながら、一呼吸して扉を開いた。


扉を開けるとすぐに目に入ったのが、短い廊下。
左手にはトイレの札がかかった扉。
短い廊下のつき当りには、中国風のつぼに活けられた赤いバラ。


なんとなく怪しい雰囲気が漂う店だ。


そんな風に思いながら廊下を抜けると、カウンターの中にいる、中年の女性と目が合った。


「いらっしゃいませ。松平様からの紹介の、山崎様でしょうか?」


丁寧に尋ねてきた黒い着物を着た女性は、鮮やかな赤い色の口紅を塗った唇を、にっこりと吊り上げて微笑んだ。

雰囲気のある女性だ。きっとここのママだろう。


「はい。山崎です。あの、今日は待ち合わせを……」


戸惑いながら答えると、ママはそっと手のひらをカウンター席に向けた。
その先を目で追っていくと、カウンターの真ん中の席に、若い女性が一人座っていた。


藍色の桔梗柄の着物を着た女性は、グラスをくるくると回していたが、やがて俺の視線に気がついて、こちらに顔を向けた。


「どうも」

「あ、ど、どうも」


しどろもどろに答えると、彼女は頷いて、視線をカウンターの席にやる。
座れ、と言っているのだとわかって、俺はなんとなく二つ席を開けて座った。


それから、店の中を不審に思われないように観察する。


店内は黒い壁に覆われていて、薄暗い。

カウンター席は6脚のみで、ボックス席は4人がけのものが二つだけの、狭い店だ。
クラブというよりは、バーに近い気がした。

ふいに、店内に音楽が流れだした。オペラだろうか。
見ると、ママがレコードをかけていた。


「何にしますか?」

「えーと、ウーロン茶を……」


これから何が起こるかわからないのでそう言うと、ママは微笑んだ。

上品な笑顔を浮かべる人だった。
もしかしたら、見た目よりもずっと年上かもしれない。


それから、すぐにウーロン茶が出てきた。
一口飲んで、ちらりと隣の彼女を見やる。


彼女は何も言い出さない。
手にしたグラスをコースターの上に置いて、ただ前を見据えていた。

気まずい沈黙が流れていたが、気まずいと思っているのはそもそも俺だけかもしれない。

ちらちらと横顔を伺っていると、どこかで彼女の顔を見たことがあるような気がしてきた。


あの、無表情と素っ気無さ、そして淡々とした態度。

やはり、どこかで見たことがあるような気がして、気になってしょうがない。
しかし、思い出すことが出来ない。



「松平さんから話は聞きました。あなたが、あの町について調査してくれた方?」


思い出す前に、彼女が突然口を開いた。


「あ、はい。そうです」


慌てて答えた後、ようやく、今日俺が呼び出された理由に気付いた。

彼女が、例の調査を長官に依頼した人だったのだ。
だから、今日俺はここに呼び出されて、情報を話せと言われたのだ。


「あの町の生き残り、あなたが追っている攘夷浪士のこと、教えてください」




  
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