monoqro
□対峙
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「何がおかしいの?」
怒りを抑えて震える声で尋ねると、伊東はようやく笑いを引っ込めた。
「君は本当にかしこい。そうだ。君の言うとおりだよ」
「……どうして兄なんですか?」
ぐっと感情を抑えて言い放つと、伊東は言った。
「土方はノンキャリアで僕はキャリアだったが、同期だった。やがて僕達は同じ部に配属された。課は違うにせよ、彼の評判はよく耳にしていたし、同じ事件を追って仕事をしたこともあった。
だけど、彼と会う度に思ったよ。ああ、こいつとは合わない。気に食わない野郎だってね」
伊東は口端を上げてにやりと微笑む。
「それは彼も同じだったようだ。僕と顔を合わせる度に、顔に気に食わないって書いてあったからね」
「こんなくだらない事を思いつくほど、兄を憎んでいたっていうの?!」
小さく叫ぶと、伊東は頷いた。
「そうだな。僕は確かに土方が嫌いだったが、彼を殺してやろうとか憎いだなんて思ったことはなかったよ。……君と土方が兄妹だと知るまではね」
くくっと伊東は笑う。
壊れたようなその笑顔には、憎悪が見え隠れしていた。
「あの日、グリーンガーデンで君たちが兄妹だと聞かされた時は本当に驚いた。まさか、あの土方に妹がいたとは。そしてその妹が、まさか運び屋の君だったなんて」
そうだ、と言って、伊東は一瞬で笑顔を消した。
「あの時、一瞬で僕の中で土方への憎悪が膨れ上がったよ。土方を殺してやりたいと、あの時思ったんだ」
伊東の目に憎しみの炎が浮かぶ。その目には、ここにはいない兄を写しているようだった。
「犯罪者の乗った車を運転する妹を見て、土方はどんな反応を示すか?土方が追い込まれていく姿を想像したら、笑いが止まらなかったよ」
「どうして……」
ぎゅっと胸に手を当てて言った。
いくら気に食わない相手だからといって、伊東がこうまで兄を憎む理由がわからなかった。
「君にはわかってもらえると思っていたんだが」
「何がよ……?こんな事して何をわかれって言うの?!」
抑えていた感情が爆発して叫んだ。
怒りで顔が熱かった。こんな男にはめられた自分にさえも、怒りが沸いた。
「君の兄さんとは確かに犬猿の仲だったが、土方はよくわかっていたよ。僕が、他のキャリアと同じように、ただ階段を上るだけで満足していないことを。
公安部なんてただの踏み台に過ぎない。警察という組織の中で上へ行き、警察組織を大きくする。そのためなら、犯罪組織とも手を組む」
伊東はラウンジの外へ視線をやる。その視線の先には、ガラスの向こう側に広がる真っ黒な海がある。
しかし、彼はガラスに映る自分の姿を見ているようだった。
「僕の渇きを満たせるのは、僕自身でしかない。そして、僕の渇きを土方はよく知っていた。……不幸なことだよ。目の敵にしている男が、一番の理解者だなんてね。……そして、君も僕の理解者だ」
伊東が何を言っているのかわからず、言葉を一瞬失った。
「どういう意味?」
尋ねると、伊東は視線を戻した。
伊東の目には、今までとは違う別の感情が浮かんでいた。
伊東は悲しいような寂しいような、何とも言えない目で私を見つめる。
私はまるで魔法にかかったように動けなくなった。
「僕は天才であるが故に、孤独だった。だが、君と初めて出会った時、君の目を見て驚いたよ。
僕以上に孤独な目をした人間を初めて見たからね。そして、思ったんだよ。僕の孤独を理解できるのは、君だと」
「何言ってるの……」
「君だって、僕と初めて出会った時、僕から孤独を感じ取ったはずだ。孤独な者しかわからない、ついて離れない陰りが、君にも僕にもある。そうだろう?」
私は動揺して何も答えることが出来なかった。
確かに伊東が言うように、私は伊東から自分と同じ“陰り”を感じ取っていたからだ。
「だから、君は僕の仕事を受けることにしたんだ。違うかい?」
唇を噛んで何も言えない私を見て、伊東ははっと笑って目を細めた。
「僕の渇きを知る土方と、僕の孤独を知る君。この二人がまさか兄妹だとは……皮肉なものだね。本当に……残念だよ」
伊東は、垂らしていた腕をゆっくりと上げた。
もちろん、その手には銃が握られていた。
「土方を裏切ってでも逃げていればよかったものを、それをしなかったということは、君は僕側の人間じゃなかったようだ。……もう一度聞こう」
伊東はそう言って、残鉄を起こした。
ぴたりと標準を私に合わせた伊東の腕は少しもぶれない。
「君の本当の目的は何だ?他にも証拠を隠しているんだろう?」
私は一歩も動けなかった。
だから、暗い銃口から逃れるように、目を閉じた。
「答えなければ、撃つ」
ラウンジは静寂に包まれている。
ここにいるのは、伊東と私だけ。誰もやって来る様子はない。
伊東がここに来てから、どのくらいの時間が経っただろうか。
短い呼吸を繰り返して、再び目を開けた。
「証拠は私自身です」
冷徹な目をした伊東を見据えて、言った。
「私は、あなたに殺されるためにここに来たんです」