monoqro

□対峙
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「君はこの情報を渡す代わりに、自分を確実に逃がして欲しいと言ったが、本当に逃げたいのならば、こんな警官だらけの所に来ないで、さっさと神威と一緒に逃げ出すべきだった」


笑顔を引っ込めた伊東は、見透かすように私をまっすぐ見て言った。


「そうしなかったのは、君に他に目的があったからだろう」


メガネをくいと上げた後、思い出したように懐に手を突っ込む。

直後、懐から引き抜いた手には拳銃が握られていた。


片手にはアタッシェケース、もう片方には拳銃。
伊東は拳銃を手にぶら下げたまま、続ける。


「君は、僕が仲介業をやっていたこと、そして今回の一件の黒幕が僕であることを公にすることだろう。でなければ、ほいほい僕の前に現れるわけがない。ここにある証拠以外にも、他にも隠しているんだろう?」

「ありませんよ」

「そんなわけがない。まさか本気で僕に逃がしてもらうつもりだったわけじゃあるまい。何が目的なんだ?」

「わかっていてここに来たんだとばかり思っていました。そういう伊東さんこそ、なぜ神威の運転手に私を選んだんですか?あなたの目的は一体何なんですか?」

「君もわかっていてここに来たんだろう?」


伊東が言った直後、ラウンジに靴音が響いた。
誰かがこちらに近づいて来る。


緊張が走る。


顔を強張らせる私とは反対に、伊東は落ち着いた様子で、背後を振り返った。

すると、その先からスーツ姿の若い男が現れた。


「篠原君。ご苦労。これを先に持っていって隠しておいてくれるかい?」


はいと答えた篠原という男はどうやら警官のようで、伊東の直属の部下なのだろう。恐らく高杉が言っていた運転手だ。

篠原は伊東の手からアタッシェケースを受け取ると、足早に立ち去って行った。


「話の途中だったね。君がここに来た目的の話だが……君はここに来てから、僕が君をはめたことを一度も責めようとしなかった。なぜなら、君は全部知っていたからだ。そうだろう?」


どれだけ私が睨もうが、伊東は涼しい顔をしたまま、自分がやったことなど気にもしていない様子だ。

私はすっと息を吸い込んで、一気に言った。


「あなたは警察官という身でありながら、世界的犯罪組織に協力していた。警察の情報を売る代わりに、組織から情報をもらっていた。そうしてあなたは裏世界での地位を確立しようとしていた。だが、そこで邪魔な存在が現れた。それが、神威」


伊東は何も話そうとしない。私は続ける。


「フリーの殺し屋として活動していた神威が、組織に所属することとなり、あなたは神威の仕事の後始末を任されることになった。彼らが普通に仕事をこなしてくれるならよかったが、彼らは好き放題暴れるだけ暴れて、その後片付けをあなたに任せてやりたい放題だった。このまま彼らに協力していたら、いずれ自分が犯罪組織に加担していたことが公になるかもしれない。それならば、邪魔者には消えてもらおうと思った」


言葉を切って、伊東を睨む。伊東は表情一つ変えずに、私が口を開くのを待っている。


「神威さんから話を聞いて、私ははじめそう思っていました。だけど、それがあなたの本当の目的ではありません。実際に神威を捕まえてしまったら、今まで伊東さんが組織に協力して神威の後始末をしてきたことがばれてしまう可能性があるからです」

「それで?」

「それでも今回の件に神威を使ったのは、恐らく組織の意向でしょう。きっと、あなたは組織に今回の件を事前に話していた。犯罪者を一人紹介して欲しいとでも言って。
すると、組織は神威を持て余しているから、それなら神威を使ってくれと頼んできた。組織としては、今回の一件を理由に、やりたい放題の神威を処分することが出来るからです」


しかし神威は、組織が自分たちを伊東に売ったことを察知して、処分される前に逃げた。

正確には私が気付いて逃がしたのだが、もう彼らが組織に戻ることはないだろう。


「あなたはただ組織に従っただけ。はじめから神威を捕まえる気なんてなかったんです。神威じゃなくても、犯罪者なら誰でもよかった。ということは、目的は神威の逮捕ではなく、他にあるということになる」


伊東はどこか満足げな表情をしていた。


「ずっと、考えていた。どうして私が運転手に選ばれたのか?
はじめはただの捨て駒だと思っていた。普段からあなたに仕事の依頼をもらって運び屋として働いていたから。……だけど、違った」


言葉を切って伊東の様子を伺うが、伊東は何も語ろうとはせず何の感情も伺えない。


「あなたは組織を利用して裏世界でのし上がると同時に、警察でも順調に昇進していた。しかし、警察内にも目障りな人間がいた。それは、天敵である同じ部の捜査員」


一瞬熱いものがこみ上げてきた。喉の奥が燃えるように熱くなって、言葉が詰まる。

兄のことを思い出すと、胸が苦しくなった。


それでも、私は伊東を見据えてはっきりと言った。


「あなたの本当の目的は、私の兄である土方十四郎を失脚へ追い込むこと」


じっと伊東の様子を伺っていると、伊東は堪えていたものが爆発したかのように、顔を歪めて笑い声を上げた。

ラウンジに狂ったように笑う伊東の声が響き渡った。



 
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