西へ東へ

□冬茜
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山を下りながら、突然現れた女を本能的に探りながら、横目で女の顔を伺う。

村人だろうか。年長ばかりの村に、このような若い女がいたとは知らなかった。

女は黙々と、ぬかるんだ山道の中で、少しでも硬い場所を探してそちらに誘導してくれている。
山を下るしっかりとした足取りを見る限り、山歩きには慣れているようだ。


静かな山に響くのは、二人の息遣いだけ。

山は、上る時よりも、下りがきつい。
少し歩いただけで、距離も稼げていないというのに、呼吸はだんだんと荒くなっていく。

額に浮かぶ汗を拭いながら、女の顔を見ると、女も鼻の頭に汗をかいていた。
それなのに、表情に疲れは出ていない。

女の顔を気付かれないように横目で眺めている内に、先程の女のぎょっとした顔を思い出した。

どうして、あんな驚いた顔をしたのだろう。
わしとこの女は、どこかで会ったことがあったのだろうか。いや、記憶には無い。


「さっき、わしを見た時、どうして驚いた顔をしたんじゃ?」


尋ねると、女は横目でわしを見やった。その目には、先程の驚きはなかった。だが、少し気まずそうに女は視線を逸らした。


「別に。少し、知り合いに似てて。いるはずもないのに、びっくりしたの。それで」

「そうか……」


それ以上は何も言えず、ただ黙々と足を動かすしかなかった。

ゆっくりだが、確実に山を下っていくと供に、日はどんどんと傾き、辺りは薄暗くなっていく。


「麓に下りたらすぐに治療をするから」

「治療? 一体誰が?」


寂しい山村を思い返しながら、あそこに医者がいたのかと目で問うと、女は頷いた。


「私が診る。体のあちこちを打ったんでしょう。そっちの腕、変な方向に捻ったんじゃないの?」


指摘されて、初めて気付いた。そういえば、さっきから鈍い痛みが生じている。

それにしても、一目見てこれに気づいたのか。わし自身、怪我をしているだなんて、気づいていなかったというのに。


「お前、村の医者なのか?」

「村には出張できているだけ。春がきたら、江戸に帰るつもり。私は医者ではないけど、まあ、似たようなものかな」

「江戸から来たのか?」

「そう。冬の少しの間、いて欲しいって言われてね。山の麓の村には、老人ばかりでしょう。心細いんだと思うよ」

「そうか……」


女が医者なのか、それとも看護師のようなものなのか、結局、何者なのかは分からなかった。

ふと、女が歩を止めた。

どうかしたのかと女を見やると、女は足下を指差した。


「ユキノシタだ」


女の視線を追っていくと、そこ一面に、丸みを帯びた緑色の葉が広がっている。花はないその葉は、どこにでもある草のように見えるが、少し赤みも帯びていて、つやつやしていた。


「これが?」

「そう。色々な効能があるから、何にでも使えて重宝するの」


ふ、と微笑んだ女の横顔が、山に帰っていく薄暗い西の日に照らされ、柔らかく見えた。


「おーい!」

「ああ、村の人たちだ」


顔を上げた女が、空いた方の手で大きく手を振った。
その視線の先に、村の人間が急ぎ足でこちらに登ってくるのが見えた。


「どうにか無事に、日が落ちる前にたどり着けたね」

「ああ……」


ほっと息を吐いて、どちらからともなく顔を合わせて、わしと女は、汗と泥だらけの顔を崩して、笑った。



 
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