リクエスト
□昼下がりのファミレス
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聞こえてますか、届いてますか、私の姿はあなたの目に写っていますか?
目の前にいてこうして言葉を交わしていればわかる。別のことを考えているんだって。
私の話はきっと、耳から耳へと抜けて頭の中には入っていない。
頭の中を駆け巡っているのは私のことではなくて、真選組のことだったり、別の誰かのことだったり。
きっと後者のほうだろうけど、せめて私が目の前にいる時は私の話を聞いてほしい。
がっかりして、話を中断する。ただ相槌を打っていた彼は私が言葉を切ったことにさえ気づかず、視線を窓の外にやったまま物思いに耽っている。
私は呆れ半分寂しさ半分で、そっと彼の視線を追った。
何があるわけでもない。歩道を歩く人と走る車。日常の風景が広がっているだけだった。
けれど私は知っている。彼の視界に何が写っているのか。
きっと彼は、彼が一途に想い続けている彼女を見ているのだ。私は顔も知らないし名前も知らないけれど、彼に想い人がいるのは知っている。
度々彼がぽつりぽつりと、実は今好きなやつがいるんだが、その人が何を考えているかわからないんだとか、どうやらそいつには好きなやつがいるらしいんだなどという、普段の彼からは想像出来ないような恋の悩みを打ち明けられていたからだ。
その度に私は相談に乗って、真剣にアドバイスをしているふりをし続けてきた。
そのどれもがきちんと考えて出したアドバイスではあったが、とてもじゃないが心から彼を応援する気にはなれなかった。
もちろん彼のことが好きだからだ。けれど、彼は私を一度もそんな目で見たことはない。
当たり前だ。彼は私の直属の上司であって、彼からしたら私は単なる部下。だから、彼、という言い方は間違っている。本来ならば土方さん。もしくは副長と言うべきだ。
「副長。聞いてますか?」
副長は、私の声ではっとしてようやくこちらに視線をやった。その目はまるで夢を見ていて現実から引き戻されたようだった。
「ああ……」
「今度の要人の警備の話をしてたんですけど」
「ああ、そうだったな。悪ィ」
「別にいいですよ。どうせ例の彼女のことでしょう?」
「ああ……それなんだよ」
「仕事の話の途中で……最近の副長はらしくないですね。仕事にも身が入ってませんよ」
「いや……そうだな。悪ィ。これじゃあ仕事にも集中できねーな」
「本当ですよ。いい加減はっきりしたらどうですか?まだ好きのひとつも言ってないんでしょう?もうずばっと言ってはっきりさせちゃえばいいじゃないですか」
「そうだな……わかった」
あまりに素直な返事が返ってきて驚いた。言わなければよかったと後悔したが、もう遅い。
副長は何かを決意したように息を大きく吐いてから吸い込むと、きっと目を見開いた。まるで今からでも彼女のところへと飛んで告白しに行きそうな勢いである。
言わなきゃよかった。やめときゃよかった。でももう遅い気がする。どうしたらいいんだろう。なんと言って引きとめたらいいんだろう。
悩んで慌てているうちに、副長はばっと立ち上がった。そして、おもむろにポケットに手をつっこむと、テーブルに何かをばんっと音を立てて勢いよくそれを置いた。
驚いて肩が跳ねる。会計だろうか。金は置いていくから後は頼んだとでも言うのかと思っていると、それがお金ではないことに気づいた。
お金ではない。四角い小さい箱。なにこれ。まるで中に指輪でも入っていそうなサイズだ。
まさか、今から彼女のところへこれを持っていく気か?!付き合う云々を超えて一気に結婚?!まずいまずい。なんとかして止めなければ!!
慌てふためく私とは変わって、副長はやけに生真面目な顔でその箱を見つめている。
「あの副長!これはまずいですよ!いきなりこれは!」
「わかってる。でもお前が好きだ。結婚してくれ」
「…………え?」
「だから、お前と結婚したいんだ。ずっと考えてた。このままじゃ仕事にならねー。お前が言ったんだ。お前に好きなやつがいるのは知っている。でももう関係ねー。責任とって結婚しろ。命令だ」
「へ……?」
命令だも何も。いったい何が起こっているんだ。
私は呆然として副長の顔を眺めた。
わあ。なんて整った顔。などと冗談を言っている場合ではない。
「結婚してくれるな?」
「あ……はい」
今日から私が仕事に身が入らなくなりそうだ。
そんな昼下がりのファミレス。
ようやく私の声が彼に届いた気がした。
120301/こよみさまリクエストありがとうございました。