リクエスト
□ケーキと男子
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ケーキで何が一番好き?と、パティシエをしていると度々聞かれる事がある。
子供の頃は、ショートケーキだとかチーズケーキだとか、その時はまっているケーキの名を上げていたけれど、パティシエになってからはこの質問に答えるのは難しくなった。
それは、ケーキの種類の多さ、作る手間や難易度、コスト、デザイン、そして自分が得意なケーキといったものを知ってしまったからだ。
それらを頭に置きながら、どれが好きだろうと考えれば考える程、わからなくなる。
それはまるで、どんなタイプの男性が好きかと尋ねられた時のようだ。
ショートケーキは定番だからこそ好きだけれど、旬の栗を使ったモンブランも大好きで、でもたまに真夜中に無性にザッハトルテを食べたくなるし、濃厚なベイクドチーズケーキは疲れた午後にコーヒーと一緒に食べたい。
スポーツ系の爽やかな人もいいけれど、インテリメガネ男子も素敵だし、男臭くて無口なタイプもいい。でも、渋くて真摯なおじさまは憧れてしまうし、細くて足の長い王子様系だって好きだ。
そんな風に答える私を、聞いた方は必ず呆れた顔をする。
ケーキも男子も色々なタイプがあって、どれも見ていて飽きない。だからこそどれも好きなんだという私の主張は、はいはいわかったよと打ち切られて終わってしまう。
この日もそうだった。
閉店直前のケーキ屋。
閉店一時間前になると、販売担当のアルバイトの女の子は帰ってしまうので、普段は厨房でケーキ作りをしている私は、この時間になると店に出てきて売り子をしている。
販売担当の女の子たちは、可愛らしい丸襟のブラウスにスカート、その上からエプロンというザ・ケーキ屋という制服を着ているのだが、私はコックコートに黒いズボンという格好のまま店に出ている。
そのため一目見てパティシエだとわかるので、この時間に来たお客さんはどれがおすすめかとか、どんな作り方をしているのか聞いてくる事もあれば、季節のケーキでこんなものがあればいいと、わざわざこの時間に来て要望を出していく人もいる。
とはいえ、閉店時間直前はさほど混み合わないので、そんな話を聞くのも苦痛ではない。むしろ、楽しいくらいだ。
それに、来るのは仕事帰りの人ばかりで、店に入って来た時はどことなく疲れていた顔をしていた人たちが、ケーキを手にして笑顔になって帰っていくのを見るのも嬉しい。
そして、そんな閉店5分前に、あの男は現れた。
「あれ、いつものバイトの子はもう帰ったの?」
入ってくるなりそう言ったのは、パーマがかった薄い髪色をした若い男だった。
「本日は帰宅しました」
「そう。もしかして、ここのケーキ作ってるシェフ?」
シェフっていうかパティシエなんだけど。まあいいかと思いながらそうですと答えると、男はケーキの並ぶケースを覗きこみながら、ふーんと答えた。
もしかしたら常連なのか。
それとも、アルバイトの女の子目当てで来ているのかもしれない。
結構いい男だけれど、どこか気だるげというか、だらしないというか。なんと言ったらいいかわからないけれど、もっとしゃんとしていたらカッコイイだろうに。惜しいな。
そんな事を考えながら、男と一緒にケースの中に残ったケーキを眺める。
残り物には福があるというけれど、残っているケーキはやはり人気が低いものばかり。
けれどそんなケーキたちを、男は愛おしそうにだけど真剣に選んでいる。
この人、もしかして女の子目当てに来たんじゃなくて、本当にケーキが好きで来たのかもな。
そんな風に思っていると、ふと男が顔を上げた。
そして、私の顔を真剣に見つめて言った。
「お姉さんだったら、どれを選ぶ?どれがおすすめ?」
いつものように聞かれて、私は残ったケーキたちを見下ろす。
「レアチーズケーキは、タルト生地にカシューナッツやくるみなど多種類の木のみが入っていて、さくっとして香ばしいですよ。
濃厚さが売りのベイクドチーズケーキは甘さが控えめで、コーヒーとの相性ぴったり。是非一緒に食べて欲しいです。
それから、さつまいもとレーズンのタルト。さつまいものしっとりした食感とレーズンがマッチしていて最高。でもお家で食べるのならば、是非バニラアイスを添えて食べて頂きたい。これで美味しさ倍増ですよ。
それから、チョコレートバナナケーキはカスタードたっぷり。くどいという方もいらっしゃるかもしれませんが、うちのカスタードは蜂蜜を使っていて甘さ控えめなので、チョコとの相性抜群!
そしてプリンアラモードは、これだけのフルーツとクリームがたっぷり乗っていてこのお値段。しかも柔らかすぎず硬すぎない、絶妙さ。そして、このカラメルがまた甘すぎず苦すぎないんですよ」
こんな調子でこれでもかとそれぞれのケーキのいいところを上げて行くと、男は腕を組み、益々迷うように頭をぼりぼりとかいて呻いた。