リクエスト

□Afterimage
1ページ/1ページ



台風の過ぎ去った後の街は静かだった。


少しずつ人や鳥などの動物が街に集まりはじめているようだったが、まだ少し風が残っていて、ざわざわと木々たちが何事かをささやいている。

どこからやってきたのか、水溜りの中にはアメンボが浮かんでいて、木の枝には誰かのシャツが引っかかっている。

転がるビニール袋や、道の端に集まった木の葉が、かさかさと音を立てている。


柔らかい、生暖かい風を感じながら、買い物袋を片手に夕日を眺めながら坂道を上がる。

空を見上げれば、雲の切れ間から夕日が半分見えている。


もうすぐ日が暮れるのか。


朝からずっと忙しくて、昼休憩をもらったのは約四十分前のことだった。

もう時間からしてそれは昼休憩とは言えないのだろうが、私は少しだけ時間をもらって、外へと食事と買い物に出かけた。


今日はずっと屯所の中にいたので、外が台風で荒れていたことは知ってはいたけれど、自分自身は何の被害も受けていない。

だから、こうして台風が過ぎ去った後の街に降り立ってみると、なんだか不思議な気分だ。


息抜きには、こうしてのんびり歩きながら、あちこちの景色を眺めるのも悪くない。


本当は早く屯所に戻って、書庫室の整理をしなければならなかった。

あともう少しで、今期の報告書の整理が終わる。
明日はお休みだし、出来れば今日中に済ませておきたいが、そう思いつつもついつい足は遠回りする道を選んで歩いていた。



子供の声が後方から聞こえてきて振り返ると、すぐに二台の自転車が私を追い抜いていく。
高い声を上げてはしゃぎながら、競い合うように自転車を走らせる男の子二人の背中を見ていると、微笑ましくて自然と笑顔になった。


カラカラカラ。
こちらに向かって空き缶が音を立てて転がってくる。

それをひょいと避けてから、拾えばよかっただろうかと思った時、空き缶が転がる音が止んだ。


「拾わないんだ」


聞き覚えのある声がして振り返ると、山崎さんがいじわるそうな笑顔を浮かべていた。


「あ、山崎さん」

「休憩中?」

「はい。山崎さんは仕事帰りですか?」

「そう。ちょっと聞き込みにね。それにしても、案外不親切なんだねえ、これ」


空き缶を顔の位置まで持ってきて、山崎さんが言う。


「ちょっと拾おうか、転がっていった後に悩みました」

「後なんだ」

「もう……すいませんでした」


口を尖らせてわざとらしく謝ると、山崎さんは可笑しそうに笑った。


「何買ってきたの?」

「和菓子です。スーパーの」

「いいねえ。何?」

「あんころもちです。知ってますか?今日はあんころもちを食べる日なんですよ」

「え、そうなの?」

「ええ。なんだったかなあ。厄払いか、なんだかそういう感じの理由で……」

「曖昧だなあ。本当は、ただあんころもちが食べたくて買ったんでしょう」

「ばれましたか?」

「やっぱりねえ」


顔を見合わせて、私たちはくすくすと笑う。


「帰ったら俺にも頂戴」

「いやです。あ、でも、書庫整理を手伝ってくれるなら、いいですよ」

「ええーあそこにある資料膨大すぎて、俺じゃあわからないよ。あそこの資料を把握してるのって、書庫番の君くらいだよ」

「そんなことないですよ。手伝っているうちに山崎さんだってわかるようになりますよ」

「無理だってー」

「あ、じゃあ山崎さんにはあんころもちあげません」

「ええー」


坂道の端っこを、二人並んで歩きながら、明日には忘れてしまうような話をだらだらと話す。
そんな穏やかな時間が好きだった。


かさかさとスーパーの袋を撫でて、花の匂いを孕んだ風は坂道を下っていく。

何の香りだろう。とても甘い匂いだ。

そう思っていると、坂をあがり切った山の斜面に、小さな百合が咲いていた。
ピンク色の、かわいらしい花びらの百合。


「ああ、乙女百合だ。いい香りだね」

「山崎さん、よく知ってますね」

「昔教えてもらったことがあるんだよ。滅多と見ることができないって。でも、こんな所では咲くような花じゃないと思ったんだけど、珍しいなあ」

「誰かが植えたんでしょうかね?」

「どうかな。不思議だね」


なんとなく、台風が運んできたんだろうかと、そんな考えが頭に浮かんだ。
でも、それを山崎さんに言うのは恥ずかしくて、言わないでおく。


「なんだか得した気分だ。よし、それじゃあ帰ったら書庫の整理を手伝おうか」


気分をよくしたのか、彼は微笑んで言った。
それがなんだかとても嬉しくて、私はうんと頷くと、よしっと声を上げた。


「それじゃあ、屯所まで競争しましょうよ」

「何急にはりきっちゃってるの。まるで小学生だね」


呆れたような山崎さんを無視して、私は「いいから!」と彼の手を取ると、ダッシュで坂道を下り始める。

慌てて走り出した山崎さんは、はじめは何か文句を言っていたようだったが、すぐにむきになって並んで走り出す。


左手にはスーパーの袋。
彼の右手には空き缶。

右手には彼の手。
彼の左手には私の手。


まるで子供のように、私たちは冗談を言い笑いながら、音や光が戻り始めた街の中を駆け抜けた。






110810/白梅さまリクエストありがとうございました!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ