Treasure

□現金な輩
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「ていうか、昨日何食べたっけ」

「え、何それ梅雨だけに?食中り的な?」

「ていうか、今日いつ?」

「次は何?アレか、壊れたタイムマシーンのせいか」

「ていうか、あんた誰?」

「記憶喪失はベタ過ぎだろ、てかその苦虫潰した様なシブい顔が全てを覚えていると物語ってんだけど」

「…………ちっ」





例えば、替えたばかりのこのカーテンもそうだ。吟味に吟味を重ねて購入したブツである。

ベッドもソファーも、それから隣の輩に肘で潰されている枕だってそう。

それに、テーブルの上に置きっぱなしのマグも戸棚にスタンバイしている皿やフォークも、玄関マットもログも洗濯ハンガーも鍋もヤカンも菜箸も……。

兎に角この部屋にあるのは、全てあたしが慎重に選んだお気に入りばかりなんだ。

「此処はどこ?」

「まだ言うかこのアマ」

いつも通りに目覚めた隣には銀時。
ちなみに、だらしなく欠伸をかますこいつは単なる友人である。

「ところであんた此処で何してんの?」

「お前と一緒に朝を迎えてんの」

今日のこの朝が激しく気に入らないのは、普段慎重過ぎる自分だからだろうか。

信じがたく排除したい現実に、激しく気が動転した。

「…な、なーんでだ?」

「そりゃーお前、ビビりながらなぞなぞやる前にタイムマシーンに乗ってこーいって話だろ」





…やはり、あれは夢ではなかったのか。





敢えて布団の中を覗き確かめれば、上半身裸の銀時とキャミ一枚のあたしの足がだらしなく四本並んでいて。

ああ、見るんじゃなかった。

「マジ覚えてねェの?」

「…何をー?何の話ー?」

「覚えてるみてェだな」

「……………」

自分が何故、突如こいつになんか身を任せてしまったのか。

そんなに飲んでもいなかった自分が、何故今銀時と同じ掛け布団にくるまって居るのか。

発作的な昨日の晩の全貌を鮮明に覚えているからこそ、あたしの中は疑問でいっぱいなのである。





「んじゃー、とりあえず帰ェるわ」

「…ああ、そうですか」

静かにキョドるあたしをよそに、肯定するでも否定するでも言い訳をするでもない銀時は、全力で曖昧に気だるげだ。

徐に体を起こしたと思えば、ベッドに腰掛け此方に背を向けたまま、床に脱ぎ捨て散乱した服をつぎつぎ身に付けて。

これはかなり癪な状況。

それを無言で眺めるあたしと違って、ちっとも動揺していないその背中。

それに胸がチクリとしたのは、寂しさや切なさなんかじゃなく、その身支度の手際良さに、だ。

普段モテないと嘆いているこの男も実は、その場限りのこんな関係に慣れているんだろうか。

あたしの知らない所でこんな風に度々朝を迎えてるんだろうか。

…あんな風に、他の誰かを抱いているんだろうか。

そんな下らないことを、ただぼんやりと考えてしまった。

「お前ェ今日休み?」

「…ああ、休み」

立ち上がり、ベルトを緩く閉めながら問われたこんな意図のなさげな言葉からも、少しの気まずさも感じられず。

あたしの返事に対してもまた、なんのリアクションもないときた。

なんだか自分ばかりが銀時の姿を目に入れているのが、馬鹿に思える程の落ち着きぶりだ。

そんな風に、此方の存在に構わず着々とこなされる帰り支度がただただ癪で。

だから倦怠感に襲われている体を頑張って動かしたあたしは奴を視界から排除すべく、仰向けになり軽く目を閉じた。

そして悲惨な位に乾いた唇に意識を集中してみるも、目を閉じれば余計に瞼をよぎる昨夜の銀時。

「……ちっ」

「舌打ちはねェだろ、二回目だし」

喋るなあほんだら。

駄目出しの声から記憶が蘇り、嫌でも耳に残っている昨夜の互いの甘い吐息が鮮明になってしまうじゃないか。

しかし、あまりにも当たり前に帰る気配に重く打ち始めた自分の鼓動が、実は何より気に入らない。

と、不意に耳に飛び込んだのはテーブルの上の鍵を手にした音。

それから玄関に向かう足音。

そしてブーツを履く音。

溜まらず今一度視線を向けた先には、まさに出て行かんとつま先をトントンしている背中があって。

それは見慣れただらしない背中であり、昨夜あたしが腕を回した大きな背中でもあり…。

なんとも言えない感情でその姿を見守っていたら、ふと振り向いた奴と目が合ってしまった。





「…………」

「…………」





動きを止めたまま口を開きかけた銀時と、でもそのまま何も言わずな数秒間を見つめ合う。

ちょっ、何か言えよ気まずいわ。

平静を装いつつも、布団の中でシーツをぎゅっと握るあたしは今、奴にどんな顔を向けるべきかもわからない程壊れてる。

だからただ、銀時からのアクションを待つしかなくて。

でもひとつだけわかるのは。

『またな』と片手を挙げ合い別れるのが常だったあたし達に、今朝に限ってそれはないということ。





「じゃーな」





ほら、なる程そうきたか。

きっと奴なりに考えた挨拶なんだろう。
浅くも深くも取れる一言を残した銀時は、無言で頷いたあたしを確認してからドアの向こうに消えてった。

スッキリした顔しやがって、なんて現金な男なんだ。












独りになった部屋。

自分意外の温もりの残るベッドで蘇るは、昨夜どちらからともなく寄せ合った唇だった。

互いにほろ酔いではあれど、決して理性を失う程の精神状態なんかじゃなかったあたし達。

なのに無駄に真剣に、丁寧に、触れ合う程度のキスを繰り返したのは何故だろう。

途中、何度も確かめる様に額を摺り合わせて見つめ合ったあの時、一瞬でもあいつに惹かれてしまった自分は何なんだろう。

送ってもらったことなど今までに幾度もあった。万事屋で雑魚寝だってした。
あいつに対して特別な感情なんて微塵も持っていなかったというのに。

なのにその手が火照った頬に添えられた時には悔しいかな、あいつの深いキスに溺れてしまっていた自分。

ベッドに運ばれてからはもう、2人して馬鹿みたいに互いを欲したんだ。

ただ。

自分の顔がだらしなくなるにつれ、銀時の表情が真剣に変わっていったのを見上げながら、不思議に思ってたっけ。

ああ、気に入らない気に入らない。

男である銀時を思い出してしまえば、湧き上がるのは寂しさだけ。

これは、自分の知らない顔を持っていたという現実があいつを遠くに連れてったせいだろう。

男だった友人を、知ってしまった故だ。

きっと、越えなくていい一線を越えてしまったあたし達には、もうこれ以上近付けない楔が打たれてしまった。

フライングだ。

そんな風に認めてしまえば、自分の知っている銀時にはもう会えないという事実が一気に押し寄せて。

途端に、銀時の残した温もりや匂いが胸に苦しく広がった。





どんな思いであたしを抱いたのか。

拒むことをしなかったあたしをどう思ったのか。

そしてどんな気持ちで今、部屋を出て行ったのか。

馬鹿に見えて馬鹿じゃなく、簡単に雰囲気に流されるような奴でもない銀時。その中に自分はどう存在しているのか。

その一点が心に重く引っかかったんだ。

目に入るもの全てが色褪せて見えるのは、たった今まで此処で非日常な出来事が起こっていたから。

溜まらずガバリと起き上がり鏡に映る自分を確認すれば、見慣れたその中に佇むあたしまで知らない顔をしていた。

なんて気の抜けた間抜け面なんだ。

ぽっかり空いた穴を埋めんと熱めのシャワーを浴びるも、スッキリもサッパリもせず。

まぁ如何せん自分もいい大人だ、一夜の過ちには後腐れなく割り切った態度を取るべきであること位わかってる。

でもわからないのは、何故自分が今抜け殻なのかだ。

こんな関係を続けたい訳じゃないし、今更なかったことにして欲しい訳でもない。

ただ自分を知りたいと思った。





だからといって、ついさっき別れたばかりの銀時に会いに行こうだなんてそれは間違いなくルール違反だ。

後腐れどころの騒ぎじゃない行為だろう。

でも今は…。

例えあいつにドン引きされたとしても後悔なんてしたくはなかった。

後悔する位なら違反なんてクソ食らえだ、銀時なんてクソ食らえなんだ。





そういうことにしておかなければ、どうにもならないんだから仕方ないじゃないか。











▽▽▽▽▽











見上げた万事屋の看板。

散々見慣れた筈のそれも、今のあたしには何だかしっくりこなくて。日常の風景全てが変わって見える今日は、やっぱりどうもおかしい様だ。

だからこそ原因を解明せんと階段を一段一段踏みしめて上がれば、その段数までもが多くなった気がして。





「やっほー」

「…………」

半分寝ながらあたしを出迎えた銀時だけは普段と変わらずだ。

だからきっと、こいつが原因なのは明白。

「寝てた?」

「…お前ェは元気だな」

「あのさ」

「なんですかァー」

「お宅の階段、増えた?」

「……とりあえず中入れ、そして落ち着け」

「あとさ」

「大丈夫か?お前ェのそのテンションが銀さんは心配だ」

「どうしてくれんの?」

「どうって何が」

「あたしの顔」

「…………ハイ?」

「酷いことになってんだけど」

「顔?顔って顔?」

「石鹸の話なんかしてないっつうの、フェイスだフェイス」

「あァ、その要望は母ちゃんにぶつけてこい」

「そーゆー意味じゃねーよ『あァ』って何だよ殺すぞ」

「んじゃどーゆー意味だコラ」

「腑抜けた」

「ア?」

「女」

「…連想ゲームなの?コレ」

「なんか気に入らないんだよ、自分の顔が」





わからないんじゃなく、認めたくなかっただけかもしれない。

女になってしまったら、もう本当にこいつの傍には居られなくなってしまうとわかってたからだ。

でももう全てが色褪せてしまう程に、ただ銀時だけを見てしまった訳で。

「アー…アレだわ」

小指で耳をほじった銀時は目を閉じたまま眉間にシワを寄せて、それはそれは不機嫌そうに切り出した










「なかったことにしろってか」

「いや、違うと思う」

「まァ頼まれたって、忘れちゃやんねーけどな」

「強請ですか?」

「……お前ェなァ」

ワシワシと髪を乱す銀時の面倒そうな仕草に、伝えたい事をうまく表現できないもどかしさが募る。

時既に遅しと直感したその瞬間、一気に押し寄せたのは後悔で。

もっと自分をしっかり持っていたなら、違う展開が待っていたのだろうか。

慎重に、後腐れずに、普段の自分であれたなら傍に居れたのだろうか、と。












「お前ェが悪ィんだぞ、食中りのせいになんかすっから」

「…なにが?」

「とりあえず一旦退却が妥当だろうが、休みだっつうから出直そうと思ってたんだよ」

「…なんで?」

「どんだけ鈍いのお前?銀さん悪人じゃないから、アレだから、シャイなあんちくしょうなだけだから」

「誰だよ」

「惚れた女でなけりゃ、あんな真剣に抱かねーっつーの」












「……誰が、誰を?」

「テメー舐めてんのかコラ」

「痛ァァァ!!!」

「鈍いのも度が過ぎると罪だから、覚えとけ」





叩かれた頭の痛さも。

引かれた腕の痛さも。

乱暴に閉められた戸も。

顔を突き合わせたなり吐かれた溜め息も。





「どこが気に入らねーって?どれ見してみろ」





包まれた両頬に感じる体温も。

指で優しく撫でられた感触も。

その全てが銀時によって生み出されたものだとするなら、あたしは幸せ一杯で。





「こんなん、ただの別嬪じゃねーか」





あたしを見るその目に宿った優しさに触れてしまえばもう、身動きなんて取れなくなるに決まってる。

ベタで恥ずかしいお世辞に赤面するより早く、無理やり閉じ込められた腕の中。

友人である坂田銀時はもう居ないけど、多分こいつを失わずに済んだ事実は言葉にならない程に嬉しくて。

泣くまいと唇を噛み締めて。

抱かれたことも、あの表情も、自分にだけ向けられていたと聞いた途端に幸せで。

ああ、つくづく自分は現金な女だなぁと思った。

「とりあえず、玄関先で悪ィけど」

「……何さ?」

とにかく今は無になって、これから紡がれるであろう幸せな言葉を全身で受け止めようか。












「理性でセーブしようとしたんだけどね、すんませんもう無理でした」

始まりは、こんな大人らしからぬ謝罪かららしい。



















現金な輩





「まァ、全てはお前の煮えきらねェ性格のせいだけど」

「……あたしのせいなんだ、卑怯者」

「結果オーライってことだってあんだよ、世の中」

互いに素直になりきれない、まだ明るい玄関先。

最終確認のように重ねた唇は、言葉とは裏腹に酷く甘かった。

















2010.7.2 ミヤビ
SHAMBOLIC様 あらすじ企画へ感謝を込めて


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