Treasure

□3,2,1,world end
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やるだけやったらさっさと帰る。それも潔く。会話をする隙すら与えずに。
自分の正体がばれるのが恐ろしいのか。人と必要以上の関係を持つのが恐ろしいのか。はたまた両方か。全く別の理由か。
彼に関して、名前と身につけている物と体とセックスに関する事しか知らない私には、その答えが何なのか、まるで予想がつかない。

だから、この人は可哀想な人だと思って、今まで「週末にセックスをしに来るだけの男」の相手をしてやっていた。
しかも出会いはナンパ。きっかけは簡単で空虚なものだったし、体の相性は抜群にいい。セックスに意味を求める年齢でもないし。
でも私だって普通の女だ。普通に恋をしたい。彼氏だって欲しい。たまには誰かに甘えたいし、受け止めるだけの聖職者を装うにはもう飽きた。
この適当な関係に終わりが見えなくなるにつれ、そう思うようになっていった。

そしてある日、忘れて行った財布を届ける事を理由に、男の会社に行って、いつも高級腕時計をつけている彼の正体を明かし、一方的に「関係を終わらそう」と告げる決意をした。


財布の中身を見るのは少し気が引けたので、共通の友人から勤め先の住所と名前を聞き出し、お昼休みを使って出かけて行った。
着いた先にあったのは、ビジネス街の中でも大きなビルで、ビルそのものが会社の所有なのか、他の会社の名前が見当たらない。
部署を聞いとけばよかったと思いながら、早速受付に行ってみた。


「高杉晋助という者がいると思うんですけど」
「社長ですね。お約束は…」


それ以外の言葉が何も聞こえなくなった。社長、受付の女性は確かにそう言った。この会社の社長が高杉だという。社長?高杉が?この大きな会社の?
混乱したんだろう、その後はどう答えたのか覚えていない。でも上の階に行くように言われたのは覚えている。自分でボタンを押したのも。
そしてエレベーターに乗って目的の階まで上がって、またそこにある受付に自分の名前を告げると、男の人が出てきた。
財布を渡すと、高杉の秘書だと名乗った人は、財布の中身を見て訝しげに眉を顰めた。


「…これで全てですか?」


分厚いと感じたのは、財布の皮のせいではなくて、大金が入っていたからだったようだ。中身を見て、私が少し抜き取ったのではないかと怪しんでいるらしい。
腹を立てながら「ええ」と答えると、その秘書だと名乗った男は言った。


「で、幾ら欲しいんです?」
「…え?」
「あなたも高杉の相手をしてくれたんでしょ?全く…、いい加減にしろとあれだけ言ってるのに…」



そしてその週末から、高杉と私は契約を結んだ。

愛人契約ならぬ、恋人契約を。





女を道具として見ている事、そして私に自分の事をほとんど話さなかったのは、欲に目が眩んだ他の女と私を同じに見ていたからだろうと思うと、腹の虫が収まらない。
今まで拒まなかった私も相当馬鹿だけど、やるだけやっといて、正体がバレたら金だけ払って逃げる?他の女にしたように?冗談じゃない。お金でどうにでも出来ない女だっている。ここに。

そう思って、秘書を名乗る男の顔に平手を打ちこみ、週末にのこのことやって来た高杉に当てつけの様に契約を持ちかけ、それまでの代金を払ったあの日から、今日で半年。出会ってからは二年以上は経とうとしている。


一時間につき二万円、一緒に過ごしたら私が高杉に払う。その代り、私は金銭やプレゼントは何も受け取らない。ただし私が「来て欲しい」と電話したら、なるべくでいいから来るようにして。セックスしたら、ちゃんと寝てって。家で会うだけじゃなく、たまには外でも遊びたい。お金はちゃんと払うから、時間がある時は家に来てていいから。つまり、普通に恋人として接して。


契約の内容はこんなものだ。今まで二人ともちゃんと履行してきた。
そして高校を卒業してから今まで一生懸命働いて貯めた貯金はとうとう底をついてしまったので、今日でこの関係も終わり。零時。これが私達のタイムリミット。関係の終息。
今事故に遭ったり病気になったら、入院出来ずに勝手に死ぬ事になるだろうし、死んだ後のお葬式代は親に出して貰う事になる。こんな事でお金を使ってしまうなんて、とんでもない親不孝者だ、私は。


その代わりに得たものといったら何だろう。

まずは呼び方が高杉から晋助になった。そして晋助の家に行ってご飯を作って食べたり、朝にコーヒーを一緒に飲んだり、平日に時間が合えば待ち合わせてお昼を一緒にとったり、ドライブに行ったり、街をぶらついたりして、普通の恋人気分を味わえた。
それに毎日が退屈しなくなった。お金を貯める為に、嫌な仕事でも積極的にこなすようになったし、仕事に打ち込めば打ち込む程、やりがいを感じるようになっていった。仕事で知り合った人や、晋助の紹介で知り合って仲良くなった人もいるから、友達の幅だって広がった。必然的に遊びの幅だって。

特別な事といったって、温泉旅行に行ったり、ほんの数回ホテルに泊まったり、仕事の付き合いだからとパーティーのパートナーを務めさせられたり、英語で書かれたレポートの翻訳を手伝ったり。
後は、実はピーマンが苦手だとか、結構お酒が強いだとか、車の運転が上手だとか、どういう友達と普段遊んでいるのか。晋助について知らなかった部分を色々と知れたって事くらいだろう。どれもこれも、葬式代を出して貰う親に胸を張って言えるものじゃない。

それでも私には十分だったし、この半年は楽しかった。でも楽しくなればなるほど、辛くもなっていった。終わりは貯金通帳を見れば如実に見えていったし、これはあくまで契約上の付き合いであって、気持ちなんて晋助にはきっとなかっただろうからだ。

私はお金でいう事は聞かない。そのプライドは守られた。彼氏が欲しい。それは形だけでも叶えられた。
でも今はただ空っぽだったはずの胸が苦しい。

それに女として、私はどうなんだろう。


夕方から一緒にいて、外で最後の食事をし、私の家で最後のセックスをした。最中に何度も何度も晋助の名前を呼び、体が離れる時には呟くようにして今後はもう呼ぶ事のない名前を呼んだ。
そして完全に体が離れた後、私は黙って背中を向けた。いつもは胸を借りて眠るけど、晋助が出て行きやすいように、今日は疲れて眠ってしまったと思わせたかったからだ。
それに、寝てしまって起きれば朝。その時、隣に晋助はいない。体温が消えて中途半端に起こされるより、一人で最初からぐっすり寝てしまえば、きっと夢だった、で済まされる。

でも中々眠れなくて、とうとう携帯のアラームが鳴ってしまった。零時五分で合わせたから、今はもう日付をまたいでいる。つまり、契約はもう切れている。
でも晋助は隣にいて、体を起こすどころか、どこにも行く気配がない。晋助が煙草を吐いた。寝てもいないのだろう。じゃあ何故。声をかける。


「…帰らないの?」
「………」
「私にはもう払えるお金がない。だから昨日で契約は解消、私達はもう赤の他人、でしょ」
「…気が、変わった」
「気が変わった?」
「こんな上手い話、簡単に手放すと思うか?」


恋人ごっこをしてるだけで稼げるのだ。いい暇潰しになるだろうし、縋ったり泣いたりといった面倒な事をしない私と、ビジネスライクな関係を続けたいという晋助の言っている事は分からなくはない。
でも今更何を言ってるんだろう。さっさと帰って一人にして欲しい。早くここから出てって。

起き上がって、苛立たしいのと面倒臭さに溜め息を吐くと、意外だったのか、晋助は不思議そうに私を見た。


「だから私には払える物が…」
「あるだろ。お前の体と心が」


一瞬何を言っているのか分からなかった。お金の代わりに体と心を払う?どういう事だろう、と。
でも晋助が私を布団の中に引き摺り入れ、私を上から強く圧迫してきて、そこでやっと言葉の意味を理解した。そしてこれは夢ではなく現実だという事も。

側にいていい。また一緒にいられる。
お金で解決が出来ないものがあると思い知らせようとした私に、晋助は体と心を望んだ。

胸が苦しくて、言いたい言葉は全て晋助の口に攫われ、涙が出そうになった。そんな私を見て、晋助は楽しそうに笑った。


「これから先も、しっかり払えよ?」


 
 







w o r l d e n d



今までに払った分のお金を全て返されたのは少し後の事で、薬指には重たいくらいの指輪と引き換えに、私の一生を捧げるよう求められたのは、これよりずっと先の話。



title:白砂に骨

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