pastel
□熱帯夜
1ページ/1ページ
暑さで目が覚めた。
汗をかいたせいで首筋や顔に張り付く髪。
汗を吸収した浴衣が身体にまとわりついている。
喉はからからで、水分を欲している。
布団は体温を吸って暑い。涼しさを求めて寝返りを打っても、布団はどこも汗で湿りぬるい。
このまま知らぬふりをして眠りについてしまえばよかったが、乾いた喉や浴衣の気持ち悪さはいつまでも忘れることが出来ない。
結局、仕方なく身を起こした。
暗い部屋の中、寝ぼけているためか一瞬時計がどこにあるのか忘れて時計を探す。
ぼんやりとした目で辺りを見渡して、やっとのことで時計を見付けた。
午前二時半過ぎ。
まだこんな時間かと、嬉しいようなそうでないような微妙な気持ちで目をこすってから立ち上がった。
ふらふらとした足取りで廊下に出て、台所を目指す。
深夜の屯所は静かだ。
こんな時に攘夷志士たちの襲撃があったらどうなるのだろうと思いながら廊下を歩く。
台所に着くと、まっすぐ冷蔵庫に向かった。
中から冷えた麦茶を取り出して、食器棚からガラスのコップを取り出した。そっと音を立てないように気をつけて入れる。
それから、定位置のいすに腰掛けて一気に麦茶を飲み干した。
からからだった喉が一気に潤って、少しだけ体温が下がった気がした。それでも、次から次へと汗が出てくる。
近くにあったティッシュを手繰り寄せて顔に浮いた汗をとんとんと叩いて、一息ついた。
それにしても、今夜は熱帯夜にもほどがある。
この後もきっと、眠りについてはまた起きるのだろうか。
もう夏も終わりの時期だというのに、いつまで寝苦しい夜が続くのだろう。
汗で湿った浴衣の襟を持って、ぱたぱたと仰いで風を入れながら、ちびちびと麦茶を飲み干した。
コップを軽く洗って麦茶を冷蔵庫に戻して、寝室に戻ることにした。
電気を消して台所を出ると、虫の声が聞こえてきた。静かに、けれどここにいると主張するように鳴いている。
足を止めてしばらく耳を傾けていた。その間は暑さを忘れることが出来たが、しばらくすると暑さを思い出して、部屋に戻ることにした。
その途中で、お風呂場に寄って手ぬぐいを濡らした。
部屋に戻ると、張り付く浴衣を脱ぎ捨てて、濡らした手ぬぐいで身体を拭いた。
本当ならばシャワーでも浴びて汗を落としたいところだが、屯所の風呂は隊士たちがいつ入ってくるかわからないし、銭湯はもう閉まっている。
こういう時少し不便だとは思うが、こうしてひんやりとした手ぬぐいで身体を拭いていると、気持ちがいいから文句を言うほどでもない。
朝起きてまた汗で気持ちが悪かったら、少し早めに銭湯に行こうかと考えていると、突然部屋の戸が開いた音がした。
驚いて咄嗟に持っていた手ぬぐいで身体を隠して振り返ると、そこには十四郎さんの姿があった。
彼は私が下着だけしか身につけていないことに一瞬驚いた顔をして、視線を逸らした。
手ぬぐいではもちろん身体を隠しきれていないので、恥ずかしくて慌てて脱ぎ捨てた浴衣を羽織ろうとして、それが湿っていたために躊躇していると、彼が戸を閉めた気配がした。
「戸を開ける音で目が覚めたんだ」
「起こしてしまいましたか。すみません」
「いや……着替えてたのか」
「はい。汗をかいて気持ちが悪くて……」
今更裸を見られたところでどうということはないのだが、それでもやはり恥ずかしさはあった。
それは彼も同じなのだろう。未だに戸の前に立ったまま、それ以上踏み込もうとしない。
私は、箪笥の中にしまってある浴衣を取るために立ち上がった。
とにかく浴衣を着ないと。
膝を折って、箪笥の中から新しい浴衣を引っ張りだしたところで、背後から抱きしめられた。
「暑苦しいから眠れねーんだ」
言い訳を口にした後、彼の手が首筋に張り付いた私の髪を取り払って、露になった首筋に噛み付くように口付けた。
手は首筋から鎖骨へ下降して、形をなぞるように胸に触れる。
はじめは優しく触れていたが、次第に強さを増していくと、唇の隙間から吐息が漏れた。
「折角汗拭いたのに、悪ィな」
本当に悪いと思っているのかいないのか。
彼の声は淡々としていたが、吐き出された息は熱く、私の肌を焦がしそうだった。
彼は着ていた浴衣を脱ぎ捨てて、後ろから強く抱きしめた。
骨ばった肌が背中にぴったりとひっついて、男の匂いがした。
張り付いた体温はどんどんと上昇して、すっかり欲情した私は彼の手の動きに翻弄されている。
いつの間にか私は、背中を彼の胸に預けていた。
本当は、彼が入ってきた時点でこうなることを期待していた。
ここ最近、彼と生活のリズムがずれていたことや、暑いことを理由にそれぞれの部屋で寝ていたために、こうして触れ合うことは久しぶりだったからだ。
ふっと首を後ろに向けて彼の顔を覗きこむと、ぎらぎらした目で見返された。
暑さがそうさせているのか、それともしばらくこうして触れ合っていなかった時間のせいなのか。
彼も、暑いからという理由で別の部屋で寝ようと言い出したことを後悔していたのだろうか。
きっとそうだと勝手に決め付けて、自分から口付けた。
その瞬間、口を割って彼の舌が入ってきた。いつも以上に熱く口付けてくる彼に必死で応えた。
彼の汗が私の肌を伝ってぽたりと畳に落ちる。
下着を取り払って、後ろから抱え込むように膝の上に乗せられた。
そのまま、彼は激しく求めてくる。私も彼と全く同じ気持ちだった。
「怖いか?」
あまりに自分がぎらついていると思ったのか、彼が聞いた。
私は余裕がなくて、首を横に振ることしか出来なかった。それで充分伝わったのか、彼は私の額に優しく口付けた。
その優しさが、私に残っていた少しの余裕をかき消した。
暑さを忘れて私は彼にもう一度口付けた。
唇を離して彼を見上げると、見下ろしてきた彼の目は、自分と同じくらい熱かった。
「やっぱり、明日からは同じ部屋で寝る」
彼は早口で言った。
私が返事をしようとすると、口を塞がれてそのまま押し倒された。
このまま、熱帯夜に溶けてしまってもいいと、本気で思った。
120830