リクエスト
□コーヒーとチョコレート
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そのまま、玄関を通って外に出た。瞬間、冷たい空気が身を縮み上がらせる。自然と白い息が浮かんで、寒いというよりもなんだか痛いくらいだった。
人の少ない通りは真っ暗で、定期的に設置された街灯はふわふわと舞う雪を照らしている。道理で寒いはずだ。
「お前さー」
唐突に斜め前を歩いていた坂田が声を上げて立ち止まった。
えっとその横顔に声をかけると、なぜだか不満そうな顔をされた。
「お前と違って要領のいい俺がこんな時間まで会社にいるはずねーだろ」
「な!じゃあ……」
何か言い返そうと思った時、腕を引かれた。その勢いで、とんと坂田の胸にぶつかる。
何かの嫌がらせか。先ほどから意味のわからない行動をする坂田にむっとして顔を上げると、すぐそこに坂田の顔が迫っていたことに驚いて硬直した。
そして、固まって動けないでいる私に、坂田はそのまま唇を落とした。
なぜだろう。抵抗はしなかった。
いや、その理由はわかっている。私が坂田に惚れているからだ。
気の置けない同期、友人。そんな間柄だった。だけど、本当はずっと前から好きだった。
そっとくっついた唇をだんだんと強く押し付けられて、ゆっくりと離された。
自然と閉じたまぶたを開けると、眉を下げてなんだか困ったような顔をした坂田と目が合った。
そして、坂田はあーあと、なんだかやりきれないような声を吐き出した。
「最近忙しくて会えてなかったから待ってたんだよ。一緒に駅まで帰ろうと思ってただけなのによ。お前がそんな疲れた顔してるから。そんな顔されたら、なんかもう色々吹っ飛ぶだろうが。お前のせいで今までの関係とか色々守ってきたもんがぶち壊しだよ」
最悪だよーあーあーと、連呼する坂田は額に手を当ててやっちまったよーなどと尚も吐き続けている。
人のせいにする坂田は相変わらず最低だったが、私はしばしキスの余韻に浸りながら呆然とした後、ぷっと吹き出した。
「おま、何笑ってんの?」
「だって坂田、バカみたい」
「お前……」
「違う違う。そうじゃなくて……」
笑っている内になぜか涙が溢れてきた。悲しいからでも悔しいからでもない。その逆だ。
溜まりに溜まって事あるごとに飲み込んできた涙が、ようやっと吐き出された。しかも、うれし涙として。
「だって坂田」
私だって好きだったよ。
泣きながら笑ってそう告げると、坂田は丸い目をして硬直した。その後、視線を逸らして照れ隠しのように私を引き寄せた。
もう一度したキスはなんだか甘い味がしたのだが、唇を離すと坂田は、眉を潜めて言った。
「お前、コーヒーの苦い味がするな」
そして私は疲れも忘れて、いつになく幸せそうに微笑む。
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リクエスト/やすさま