リクエスト
□バイオレンス
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私は煙草が苦手である。
いや、むしろ嫌いと言っていい。
普段煙草を吸わない人間からしたら、煙草を吸う人間と一緒にいた後、自分の服や髪に染み付いた煙草の匂いは鼻について仕方がない。
しかし、吸っている本人はそういった事は気にならないのだろう。
自分がどれだけ煙臭いのかわかっていないし、周囲にどれくらいの影響を及ぼしているかも考えていないに違いない。
いいや。もちろんわかっている。周囲に気を使って人前で吸わない人もいる事は。
しかし、私の上司は所かまわず吸っている。
自分の欲求のままに。周囲に気を使う素振りは見せない。
自分の吸いたい時に吸うんだというように、吸い始めから吸い終わりまで、いつまでも口に煙草を咥えている。そして吸い終わったら、ほとんど無意識に煙草を咥えて火をつけて煙を吸い込んでいる。
そうやって身体に染み付いた動作を延々と続けているので、供に仕事をする部下の自分にとっては、この上ない苦行である。
というわけで、私の上司である副長の土方は、一度たりとも私に気を使った事はない。
さりげなく煙草が嫌いだと遠まわしに言っても無駄だったので、私は煙草が嫌いなんですよとはっきりと言ってみてたら、へえの一言で終わってしまった。それから何度言っても同じ答えしか返ってこない。
だから、私は諦めた。
もう何を言っても無駄だとわかったのだ。
それがはっきりとしたのは、江戸中で喫煙場所がなくなり禁煙週間になっても、彼が煙草をやめられなかったのを目の当たりにした時だ。
その時私は、もうこれは無理だと悟った。
そして、私は翌日保険に入ったのだった。
この先この人と一緒に仕事をしていくのなら、副流煙でなんらかの病気になりかねない。
そこまで悲観的に考えるのは自分でもどうかと思うが、もはやこの人に禁煙をさせるには、自分が副流煙のせいで病気になって死ぬくらいの出来事がないと無理だ。
いや、彼の事だ。それでもはじめは悪いと思ってやめたとしても、すぐにまた吸い始めるに違いない。
そんな事で諦める事にしたわけが、やはり煙草が苦手である事に変わりはなく、慣れない。
それだけならまだしも、もっと厄介な事がある。
それは、私が彼に惚れているという事実だ。
苦手な煙草を吸う彼は、はじめは近寄りたくない存在だった。
だから仕事以外では接触しないようにしていた。
しかし、彼の事を知っていく内にどんどんと惹かれていった。
そして、最終的に好きになってしまった。
煙草を吸う男を好きになってしまった私は、彼を遠巻きにするべきなのかどうかもわからず、苦悩する日々を送っている。