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□嵐の夜は
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もうすぐ台風がやってくる。


『強い台風○号は、今夜8時頃から明日の未明にかけて江戸に接近、上陸する見込みです。
すでに江戸でも激しい雨が降っており、大雨、洪水、雷、暴風、波浪警報が発令されています。
土砂災害や河川の増水に警戒してください。
すでに、避難支持や避難勧告が出されている地域もあります。各自治体の支持に従ってください。』


テレビの中の結野アナは、いつものスマイルを封印して、厳しい表情で台風の状況を説明していた。


大型台風がやってくるとあって、今朝から屯所も準備で忙しかった。

雨戸が閉められ、窓には外から板を打ち付けて、簾や庭の鉢、物干し竿など、飛んでいきそうなものは全て屯所の中に入れた。
もしも停電した時のために、各部屋に懐中電灯と蝋燭にライターにマッチも用意した。

街中も、朝の内に買い物を済ませて夕方になれば、すっかり人の気配はなくなっていた。
これから夜が明けるまで、皆家の中で息を潜めて台風が通り過ぎるのを待つのだ。

だが、それはあくまで一般市民の話であって、私の夫はむしろ嵐の中へと飛び出していかなければいけない立場である。



十四郎さんは、箪笥をごそごそと漁っていた。
私は、それとテレビのニュースを交互に眺めながら、ため息を吐いた。


「まだ心配してんのか。万が一の時に備えてるだけだろ。何も必ず呼び出されるわけじゃない」

「いいえ。今日みたいな日でも外に飛び出して行く人は絶対にいるんです」


怒気の含んだ声でそう言うと、呆れたように彼は箪笥から顔を上げた。
その手には、黒い雨合羽が握られている。

何か言いたげな彼に、私は更に言う。


「祭りか何かと勘違いしてるんですよ。台風が来たからってはしゃいで、外がどれだけ危険かも忘れて飛び出していって。それで、あなたたちが出動しなければいけなくなるんですよ。
そりゃあ、私だって子供の頃は寺子屋が休みになり、お稽古もお休みになって、家の中で存分に遊びまわってはしゃいだものです。だけど、家の中だけじゃ満足しない人たちはいるんです。
海がどれだけ荒れているのか、どれくらいの暴風なのか、自分の目で確かめてみたくなって、ついつい飛び出して行く人たちがいるんです。
もちろん、そんな人ばかりではありませんよ。一生懸命耕した田畑が心配で心配で、収穫時期までに全てがだめになってしまうかもしれない。それで飛び出して行く人もいるでしょう。
どちらにせよ、家の中でじっとして台風が過ぎ去るのを待つのが一番なのに、警戒心が足りないんですよ」

「だからって、俺たちもここで待ってるわけにもいかねーだろ。何かあればそれでも出動しなきゃならねえんだよ。でなきゃ、真選組が江戸中から叩かれて、あっという間に解散になっちまうだろ」

「そんなことは私だってわかってます。ただ、あなたももっと警戒心を抱いてもらわないと」

「警戒心たって……」

「もしかして、十四郎さんも台風の日ははしゃいで外に飛び出していた側の人間なんですか?」

「飛び出していた側って……まあ、ガキの頃はそうだったかもしれねえな。そういう日は気持ちが浮つくもんだろ。それに、誰も止めやしなかったし」

「そんな!誰も止めないだなんて!危ないじゃないですか!」


驚く私を見て、彼がぷっと吹き出した。


「そうか。お前、幕臣のお嬢さんだったな。箱入り娘だってこと、すっかり忘れてたよ」


からかうように言われて、なんだか恥ずかしくなった。それと同時に、嬉しくもあった。

私が幕臣の娘だということを忘れていたのは、それほど私が屯所に馴染み、彼も私を真選組副長の妻だと認めてくれているから。それならば、これほど嬉しいことはない。


「お前、大切に大切に育てられたんだろうな」

「……からかってますか?」


彼は、いいや、と言いつつもくつくつと笑っている。
なんだか私は悔しくなって、口を尖らせて言った。


「本当に箱入り娘ならば、こんな男所帯へ嫁になんてやりませんよ」


そう言うと、彼はそうだなと言ってまた笑った。


「ここには、台風だから外に出るのを止める奴はいねえからな」

「そうですよ」


むしろ、半裸になって外に飛び出して、豪雨に打たれて大喜びで飛び回るような人たちばかりだと、心中で思った。




 
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