monoqro

□対峙
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手にした携帯電話が震えた。メールだ。

開いて見ると「作戦成功」の文字が目に飛び込んできて、思わずほっと息を吐く。

直後、今度は着信が入った。画面には携帯の番号。

受話ボタンを押して電話に出た。


『今、そっちに入って行ったぜ』


出るなりそう言ったのは、高杉だった。


「一人ですか?」

『運転手の警官と伊東の二人だ。だが、警官は駐車場で待機してる。伊東一人でそっちに向かった』

「わかりました」


覚悟を決めてきゅっと唇を引き締めた。


『一人でいいのか?』


高杉は、ほんの少しだけ私を気遣うように小さく問いかけた。


「大丈夫です。一人でないと、意味がないから」

『そうか。それじゃあ、お前とはここでお別れだな』

「そうですね……」


何を言うべきなのか、言葉を捜しながら小さく息を吸った。

高杉には本当に世話になった。

いくら神威から依頼を受けて金を受け取っていたとはいえ、それ以上に私を助けてくれたように思う。

高杉のことは何も知らない。高杉も私のことなど何も知らない。

それでも、ここまで協力して供に行動してくれた。それはほんの、一時ではあったけれど。


「あなたには、本当に感謝してます」


彼からの依頼を引き受けることは今後ないだろう。
だからこそ、今きちんと感謝の言葉を伝えておかなければいけないと思った。


「今まで協力してくれて、本当にありがとうございました」


高杉は無言だった。
短い沈黙の中で、受話器の向こう側から波の音が聞こえてきた。

このまま、高杉は電話を切ってしまうかもしれない。
でも、それでいいと思った。高杉とはきっと、そういう男だろうから。

だが、意に反して受話器からは、高杉のくつくつと笑う声が聞こえてきた。


『お前は本当に馬鹿な女だ。だが……あんたと過ごした少しの間、中々面白かった。楽しませてもらったぜ』


受話器からエンジンをかける音が聞こえてきた。
そして波の音を掻き消すように、車が走り出す音がした後、高杉が言った。


『またな』


ぶつりと切れた携帯電話からは、もう波の音は聞こえてこない。
携帯電話を耳元から離して、見下ろした。

きっと、もう彼とは会うことがないだろう。それなのに、彼はまたな、と言った。
それはきっと皮肉ではなく、本気で。

そして、私が返事をしないのもわかっていて、聞かずに電話を切った。


「さよなら」


別れを言えなかった少しの後悔を残して、携帯電話を懐にしまった。


腰掛けていた椅子から立ち上がって、目前に広がる海を眺める。

暗く広がる海に白い波が生まれては消えていく。夜の海に浮かぶ船はどこに向かうのか。

そっと目を閉じた。



今私は、横浜港本牧ふ頭にある展望台の展望ラウンジにいる。


そこは、市民公園の海側にあって、普段は市民や観光客のために開放されている。
本来は八時で閉まって入れないのだが、こっそりとセキュリティを解除して鍵を開けて中に入れるようにした。

管理業者が入ってはいるが、常に誰かがいるわけではない。監視カメラなども入っていないために、セキュリティーセンサーが反応しない限り、誰も来ないはずだ。

伊東がやって来るまで、高杉に外から監視を頼んでいたが、誰も入ってこなかった。


遠くの方から、カツカツという靴音が聞こえてきた。
私は閉じていた目を開けて、振り返る。

半円形の展望ラウンジの先を睨む様に見据える。
やがて、ライトと椅子の間に設置された間接照明に照らされて、細く伸びた人影が現れた。


「待たせたかな」


まるでデートの待ち合わせに遅れたかのように展望ラウンジに現れた伊東は、申し訳なさそうに笑って見せた。


 
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