vivid

□愛の一撃
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警視庁公安部公安第二課に異動して二年が経った。
只今労働組合のデモと一緒に行進中である。というよりも、視察中といった方が正しいが。


19時から始まってこれがいつ終わるのかわからないが、とりあえず言えるのは、行進している会社員たちもかなりの割合で疲れた顔をしていて、早く帰りたいオア早くのみに行きたいオーラを放出しているということだ。


実際私の前を歩く会社員のお兄さん二人はどこに飲みに行くか相談中で、その隣のおじさん二人は娘の誕生日プレゼントに何をあげるべきなのか、今流行のキャラって何なの?と真剣に相談中である。

車に乗ってスピーカーで必死に労働について訴えている男性会社員は、花粉症なのか時々演説の途中で鼻水をすする音やくしゃみが入ってもはやノイズ化している。


そして私は、その後ろで必死に無表情を装いながら、これまた帰りたいと心の中で叫んでいる。
というのも、昨日から残業続きで疲れきっているからだ。

だが、それが終わればようやくお休みがやってくる。しかも二連休だ。

だからそれまでの辛抱だと言い聞かせて、視察という名のデモ行進を続けながら、心の中では労働組合の主張と同じように、もっと休日をくれ!と思っている。


だらだらと歩き続ける彼らの背中を見守りながら、ぼさぼさになった髪の毛を手でとかす。あまりにぼさぼさ過ぎて、途中で指が髪の毛に引っかかった。

心の中でこれはまずいと呟く。


公安部に来てから二年。

公安部に来てからの当初は私もそれなりにお洒落を楽しむ女子だった。
しかし、警察という組織に慣れると同時に、どんどん女子力がなくなっていた。

残業、徹夜、休日返上、情報収集、報告書、飲み会、張り込み。
それらがエンドレスで続く毎日に、次第に髪や化粧に気を使う時間がどんどん減っていった。

削れる時間は削れ。それが口癖の上司の元に配属されたせいだ。

次第に美容院に行く習慣が薄れ、化粧品はその辺のコンビニで買うようになり、二日連続で同じ服を着るのなんて当たり前になった。

それが男性社会の警察でやっていくということなのか、それともただ単に私がずぼらなのかはわからないが、とにかく今の私は女子とは言えない。

こんな風になったのはあの上司のせいだと、半ば八つ当たりのような憎しみを密かに抱いていた。


「おい。お前ふらついているぞ。大丈夫か?」


背後からかかった声に振り返れば、いつからいたのか噂の上司がそこにいた。


「ああ、土方さん。いつからいたんですか」


隣に並んで歩き始めた上司から視線を逸らして吐き捨てる。


「はじめからいた。お前が気づいてないだけだ。それよりも、お前大丈夫か?」

「大丈夫じゃありません。今にも倒れそうです。過労で倒れそうです。だからデモに参加してます」

「何だその言い方は。てっきり俺は酔っ払ってると思ったよ」

「そんなわけないじゃないですか。疲労ですよ!……今私の中でまた憎しみが増えました」


毒を吐くように言うと、土方さんは眉を吊り上げた。


「お前、今日は妙につっかかるな」

「多分それは今私がデモに参加しているからですよ」

「お前はデモに参加してるんじゃなくって視察してるんだよ。何勘違いしてんだ。そんなことよりも、お前明日休みだったよな?」


聞かれて嫌な予感がして黙り込むと、土方さんが、おいと急かす。


「……返事がない。ただのしかばねのようだ」

「何がしかばねだ!はっきり答えろ!」

「ちょっと待ってくださいよ。どういうことですか。まさかまた休日返上ですか?いい加減にしてくださいよ。どんだけ人をこき使えばすむんですか。もういい加減無理です。私このまま過労で入院すると思います。ていうか明日から私入院します」

「ふざけんじゃねー。お前は明日から二連休のはずだ」

「ち、違います」

「違わねーだろ。そういうわけで、お前が逃げないように、明日12時にお前の家まで迎えに行く」

「ちょっ!ちょっと待ってくださいよ!私にだって予定というものが!」

「予定?何だ言ってみろ」

「いや、あの、彼氏と水族館に行ったりとか……」

「目が泳いでんぞ。てめーに彼氏なんていねーのはわかってんだよ。何が水族館だ」

「いいじゃないですか!一度はそんなデートしてみたいんですから!」

「うるせー。いいからそのぼさぼさの髪の毛どうにかして、ちゃんとした格好して家の前で待ってろ」

「ちゃんとした格好ってどういことですか?!」

「めかしこんで来いって言ってんだよ。わかったな」

「そんな……!」


何かのおとり捜査か。はたまた情報収集か?
なんにせよ、また休日が潰れた。

明日は家でゆっくりたまった家事をしようと思っていたのに!

絶望のあまりに今ここで倒れそうだった。いや、ここは倒れておくべきだと思ったが、隣を歩く土方さんに察知されて睨まれてしまった。


『会社は、我々の働きに見合った報酬と休日を与えるべきだ!』


スピーカーから流れる訴えに賛同するように、私はそうだそうだと拳を突きあげたかった。



 
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