vivid

□リセット
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リセット期間に入ってすぐにしたことといえば、マッサージをしに行くくらいのものだった。
休暇をもらったら何をしようかと考えてみたが、やはりそのくらいしか思い浮かばなかったのだ。

その後思いついたのは、空にしていた家に戻って、熱がこもってむんむんした部屋の換気と、掃除洗濯である。

それらを片付けてしまうと、もうやることがなくなってしまった。
素の自分に戻っても、やることが思い浮かばないなんて、仕事以外に打ち込むことがない証拠だ。


こうして何もすることがなく部屋にぽつんと一人でいると、いかに自分が空っぽの人間なのか痛感する。

たまに家族に顔を見せに行けばいいだとか、そんなことを言われたこともあったが、私は過去に女中奉公へと出されてそのまま消息不明になった身なので、今更家に帰るわけにもいかない。

そもそも実家は遠いし。とにかく、帰る家も会いに行く家族もいないし、遊びに行く友達もいないし、恋人なんてもっての他。

密偵で潜入が主な仕事ときたら、それらの繋がりは邪魔になるだけだと、密偵になって一年で学んだ。
そういう大切な人たちは遠ざけておくべきだと。もしも何かあってからでは遅いのだから。

だから、こんな風に一人で退屈しているのは、ある意味では平和な証拠だと、自分を騙すしかない。


それにしても、本当に暇だ。退屈だ。


ごろごろと布団を転がっていると、携帯が鳴った。
手を伸ばして携帯を取る。土方からだった。

休暇をもらって一週間が経っていた。
土方からは、一ヶ月間の休暇をもらっていたが、いくらなんでも長くないかと思っていたところだ。


「はい……」

「ああ、お前今出てこれるか?」

「ええ。どちらまで?」

「屯所の俺の部屋だ」

「わかりました。すぐ行きます。あ、制服ですか?」

「いや、私服でいい」

「わかりました」


仕事だろうか。
だらだらとして鈍りきっていた身体がしゃんとする。脳もゆっくりと回転し出した。

急いで簡単に化粧をして、地味な色合いの着物を選んで着替えた。それから身支度を済ませると、足早に部屋を出た。



私は屯所に住んでいない。
それは、屯所が男所帯であることが理由だ。

一応私は女なので、男の中で一緒に暮らすとなると何かと不便もあるだろうと、土方が私は屯所の外で暮らすようにと気を使ってくれたのだ。

私もそれなりに武道の心得があるのだが、隊士たちは私以上に日々訓練を重ねた猛獣たちだ。
力ずくでこられたら私も敵わないし、男の中に女が一人だけという状況は、私がどれだけ地味で魅力がないにしても、何が起こるかわかったものではない。

だから、土方の配慮はありがたかった。


それにしても、こうして私が屯所に出向くことは一年に数える程度しかない。
潜入が主な仕事なために屯所にいる必要もないし、むしろ屯所を出入りしていると女だから目立つ。

そこを誰かに見て顔を覚えられでもしたらたまったものではないので、屯所にいなくていいというのが土方の意向だった。

だが、一応これでも真選組の一員なのだし、重要な会議などがある時には呼ばれることもある。
そういった時は、変装をして屯所に行くのが常だった。

制服で屯所を訪れたのは、入隊当初と葬式の時くらいなものである。

だから、私も今こうして地味で目立たない格好をしているのだ。
本来ならば男装していくのが一番目立たないのだろうが、急ぎの可能性もあるので、今日は誰にも見られないように屯所に入ればいいだろう。


こっそりと屯所の中へと入り、玄関からではなく中庭を通って土方の部屋へと進む。

隊士たちにも極力見られない方がいいので、廊下を通る隊士たちを庭の木の陰に隠れてやり過ごした。
それから、誰もいないのを見計らって土方の部屋の襖を何の断りもなくいきなり開けて、素早く部屋の中へと身をすべり込ませた。

土方は、文机に向かって物書きをしていた。
私に気付くと、待っていたかのように視線を上げた。


「座ってくれ」


無言で文机をはさんで座ると、土方は吸っていたタバコを灰皿に押し付けた。


「何の御用でしょうか?」

「どうせお前のことだから、暇をもてあましてるんだろうと思ってな」

「……そんなことは」


あるんだけども。


「だろうと思って、ちょっと手伝ってもらおうと」

「手伝いって」

「山崎のふざけた報告書を、きちんと書き直してくれねえか。こいつは、上に上げなくちゃいけねえやつなんだよ」


ぽいとまるでごみのように投げ捨てられた紙切れは、山崎の汚い字で書かれた作文だった。いや、報告書なのだろうが、あまりの幼稚な文章に、呆れた。


「これ、山崎にやらせればいいじゃないですか」

「あの無能が出来ないからお前に頼んでんだよ」


私と同じくらいの地味さを持った山崎は、それなりに優秀な密偵ではあるのだが、たまに本当にバカをやらかすので、こうして土方に無能とはっきりと言われてしまう。
そこは、別に反論するつもりはないのだが。


「わかりました」


一応後輩でもある山崎のために、仕方なく返事をした。
上司に頼まれたら断るわけにもいかないしどうせ暇だしと、私は土方から報告書をもらうと、空いている文机に向かった。



 
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