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□ことば
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ティエリアはときどき、ホンのときどき、いやもしかしたら四六時中、ときどき他人の言葉を理解できなくなる。
耳をすまして聞いてみても雑音として聞こえてくる。まるで周波数の合わないラジオが彼に話しかけてくるみたいで気持ち悪いと思う。それを通り過ぎると無音になる。何も聞こえなくなるのだ。
それを体験すると不思議と気持ちが落ち着いた。
イライラしていても悲しくても、そんなことは全てバカバカしいことだと片付けることが出来た。
ただただ何も聞こえない世界でボーっとしている時間を恋しく思うようになってきた。
アレルヤは、はじめ不思議そうな顔をしていたが、徐々に心配そうな顔になってきた。でも、何も言わなかった。

「ティエリア、ティエリア、」

だからか知らないが、アレルヤがティエリアを呼ぶとき、二度続けて呼ぶことが常になっていた。一回目じゃ大抵の場合ティエリアが聞き逃すと思っているのだ。
それは大きなお世話で、心がポンッと違う次元に飛んでしまうとき以外はきちんと雑音だって聞き分けられる。
ただ、ときどき、それがほんのときどき、何を意味しているのかわからなくなるだけだ。
自分に名前があったのかと、だから彼が呼んでくれると安心できる。ティエリアはそのときちゃんと自分の名前を意識することが出来た。

そんなことに涙が出そうになって、しばらく返事をしないでいると、やっぱりアレルヤは心配そうな顔をした。

「ティエリア?」
「なんだ」

震える唇を噛み締めて返事をする。流れなかった涙は胸を締め付ける。何でこんな些細なことで泣きそうになるのかとティエリアは自分が心配になる。

「あ、うん。今日の打ち合わせのことなんだけど…」

細かい部分がまだだったから、と持ち寄られた紙には彼の筆跡が走っている。
それをちらりと見て、目を落とした。

自分は彼のような文字を書けることは多分一生ないのだ。彼の筆跡を真似て、練習をしても、多分彼もその度に進化してしまって、多分彼自身と同じ字を書けることなんてない。
だからそういうことの全てが無意味なのだと思うと悲しくなった。
彼の筆跡を真似て練習するバカバカしい時間を全て、世界を変えるためだけに使えたらどんなにいいだろう。
いいや、そうするべきなのだ。

けれど、アレルヤが残したたった一行のメモを何度も何度もなぞってしまった自分がいる。
馬鹿なのだ。阿呆なのだ。悲しくなるくらい、涙が出るくらい馬鹿なのだ。書かれている言葉の意味も理解出来ない。ただただそこにある文字をなぞって、文字の意味なんてどうでもいい、アレルヤが残したものでありさえすればどうでもいい。


生きていることは、きっとそんなどうでもいいことのくり返しなのだと思ってしまった自分を殺してしまいたいくらい憎んでいるから死んでしまいたいと思うのだけれど、そんなことを考えること自体が馬鹿げている。
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