treasure

□Adamas
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「あと1分」
ベッドの上で膝を抱えて、カウントダウン。
もう少しで、3月10日。
明日は私とネウロの誕生日。

魔界には誕生日を祝う習慣がないみたいで、確か去年はこんなことを言ってたっけ。
「くだらん。同じ1/365だろう」
「でも人間は、自分が1年過ごせたことを周りの人に感謝したり、大事な人が1年ちゃんと生きてくれたことを喜んだりするんだよ」
「我が輩てっきりケーキを食べる口実の為の日だと思っていたぞ」
5つ目のホールケーキをパクついていた私を、実に冷ややかに見てたっけ。

それでもやっぱりお祝いしたいな。
私だけじゃなくて、ネウロの誕生日も。

とりとめもなく柄にもなく、そんなことを考えてるうちに。
長針と短針が重なって。
階下の大時計が鳴っている。

不意に、気配を感じて窓の方を振り向くと。
カーテン越しに見覚えのあるシルエット。

「ヤコ」

聞き慣れた声が、する。
まさか。

「ネウロ?」

音もなくするり、ネウロが窓から入ってきた。
鍵、しっかり閉めてたんだけど。
不法侵入!と抗議したかったけど、飲み込んだ。
どうせこの魔人には通用しないんだろうな。
当たり前のように入ってきたネウロは呆れた表情で私を見た。

「まだ起きていたのか」
「勝手に入ってきたくせに何言ってんの。寝てたら帰ってくれた?」
「様々な手法を駆使して起こしてやったぞ」
「全力でお断りさせて」

突如、ひゅうっ、と冷気が入り込む。
「ネウロ、寒いよ」
春とはいえ、夜ともなると気温が下がる。
パジャマでくつろいでいた私はぶるっと身震いした。

「人間とは、本当に脆弱な生物だな」
ネウロは軽い溜息をつくと、窓を閉め、窓枠に頭を預けるようにもたれかかった。

あれ?

小さな違和感を感じた。
いつもなら、暴力とか虐待とか嫌がらせとか、とにかく絡んでくるのに。
今日のネウロは一向にこちらに近づく気配がない。
まあ、平和でいいんだけど。
そう思いながらも、一抹の寂しさもないわけじゃない。
我ながら厄介だなあって思う、この気持ち。
自覚してからは、もっと厄介だ。
だって、こんなふうに距離をとられただけで、どうしていいかわかんないよ。

相変わらず何を考えてるのか、ちっともわからないネウロ。
月の光に淡く照らされたシルエットは凄みをまして綺麗で。
見とれてしまう。

「ヤコ」
「ん?」
「誕生日なのだろう、今日は」
「うん・・・」

とくん。
心臓が、急に鼓動を主張し始めた。

「おめでとう、と言うのだそうだな」
「あ、ありがとう。ネウロも、おめでと」

・・・先、越されちゃったな。
調子が狂って驚いて、舌がもつれてしまった。
心拍数も、血圧も、一気に上がったことは間違いない。
嬉しい。
すごく、嬉しい。
誕生日を覚えててくれて、お祝いを一番最初に言ってくれたなんて。
なんて、思ってたら。

「ヤコ、人間には誕生日プレゼントというシステムがあるらしいな」
「うん」
「我が輩も貴様からプレゼントを貰う権利があるのだろう?」
「・・・そうね。でもごめん、ネウロのプレゼントまだ用意してないんだ」
ネウロが口角を吊り上げ、ニヤリと笑った。
ギザギザした歯がちらりと見える。
・・・何だろう、何だかとぉっても、悪い予感がする。

「ヤコ、我が輩欲しいものがある」
「何?」
「貴様の時間だ」

「・・・あのー」
「何だ、ワラジムシ」
「現時点でこれ以上差し上げることできないくらい、時間的に拘束されてんですけど」
ネウロの最凶スマイルに対抗しつつ、冷静に反論してみる。
これ以上となると、学校辞めるか睡眠諦めるかの二択だ。
それは全力で避けたい。

「ぎゃっっんっ」
がっつん。
突如、額に衝撃。
「った〜」

ホームだからか、幾分油断してた私が馬鹿だった。
結構本気で痛かった、今のは。
「何なの〜?」
額をさすりながら顔をあげると、ネウロは邪に爽やかに笑っている。

足元のシーツの上に転がってたのは、金の文様に縁取りされた小さな赤い箱。
さっき投げ付けてきたのは、コレか。
なんだ、その、噛み付いてきたりしないかな。
違った意味でドキドキしながら、おそるおそる手を伸ばす。
思いの外軽い。
トラップは仕掛けられてない・・・かな?
これまでの経験から半信半疑で、すぐに開けられない。
・・・罠の有無を無意識に確認してしまう習慣を身につけた自分が、ちょっと悲しい。
ま、それもこれも目の前にいるドS魔人の所為なんだけど、さ。

「ヤコ」
「ん」
「我が輩からのプレゼントだ、受け取れ」

いつの間にか横にいたネウロは、手を伸ばすと私から箱を取り上げた。
黒い指先が動き、ぱちん、と蓋が開く。
そこにあったのは、指輪。
シンプルなリングの中央には、七色に煌く宝石が嵌められている。

「・・・ネウロ?」
心臓までもが慌てたように波打つ。
頭に血が上るのが、自分でもよくわかる。

「我が輩が欲しいのは、貴様の全て。心も体も、これからの人生も」
綺麗な緑の眼差しが、すうっと向けられる。

これは、その。
もしや。

え。
えええええっ!?
軽く混乱する私に、ネウロは笑顔で追い討ちをかけた。

「これをやるから貴様を寄越せ。生涯生ゴミには不自由させん」
人の気もしらず、この魔人は。
「そ、そんなプロポーズ、あるかぁ!」
「はて、ダイヤモンドを贈れば、永遠の奴隷契約を結べたはずだが」
「ちーがーう!その認識、一番大事なトコ間違ってるからっ!」
「結婚も奴隷契約も大して変わらんぞ」
「変わる、大いに変わる!そもそもネウロは結婚なんてできないじゃん。戸籍ないんだから」

ネウロはにっこり、微笑んだ。

「籍?そんなものとっくに入れてあるが?」

「は、はぁああぁっ!?だって、そもそもネウロ人間じゃないでしょ!!」
「早坂に頼んだら、一週間でできたぞ」
「・・・」
ははは。人脈万歳。
あの変態インテリアデザイナーといい、胡散臭い有限会社といい、素敵な外道仲間をお持ちのようで。

「・・・っていうか、無断!?」
「何か問題でもあったか」
「あるよ!有り過ぎるよ!!根本的に間違ってるよ!しかも拒否権なしですか!?」

ネウロは目を伏せ、腕を組んだ。
その表情はどことなく愉快そうだ。

「では、拒否権をやろう。貴様の好きにすれば良い」

え・・・。
正直、拍子抜けした。
私が嫌がることなら、喜んでするくせに。
そして急に、怖くもなった。

「・・・何で急に、普段と違うのよ」

「決して流されず、何にも征服されない。そんな貴様だから欲しいのだ。強制では意味がない。自らの意思でなければ、本当に手に入れたことにはならんのだ」

・・・狡い。
ズルイよ、ネウロ。
普段は勝手に決めたことを強制的にやらせるくせに。
HALのパスワードの時といい、大事なときに限って。
どうして、私に委ねるの?
どうして、こんなこと言い出すの?
・・・どうして、私はこんなにコイツを。

「・・・冗談じゃ、ないの?」
「我が輩が伊達や酔狂でこんなことをすると思うか?」
「・・・じゃあ、なんで?」
「貴様が悪い」

ネウロは優雅な動作で腰を落とし、跪くようにして私を見上げた。
まっすぐ向けられた眼差しは。
逸らすことも許さないくらい、強くて優しくて。

「忌々しいことに貴様の声や匂いや瞳、言葉や表情や仕草、そんなもので我が輩の脳髄は埋め尽くされてしまったのだ」

私の左手をとり、薬指に指輪を嵌める。
きらり、石が煌めいた。

「だからせめて、貴様の全てを奪わねば割に合わん。そうだろう?」

そう言って禍々しく笑ったネウロがあんまり素敵だったから。
私はこくり、頷いた。

魔界の花嫁。
唐突に浮かんだそんな言葉を。
それも悪くない、なんて思いながら。


Fin.
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