ウタリ

□ありきたりなこいのうた
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 無秩序な光は空まで染めてゆく。
天空は地上の光に灼かれて蒼く染まる。
 美しくは、ない。
 本来あるべき姿から大きく外れた突然変異体の様な‥‥
いや、後天的なものに対してなのだから突然変異は間違っている。
人間の手によってねじ曲げられた、悲しい姿。
異質なその姿を現す言葉を、俺は持っていなかった。
しかしその雄大とまで言えそうな、堂々たる奇形の姿を、俺は半ば感動しながら眺めていた。

「ああ‥‥」

 気がつけば、いつの間にか宿の前に来ていた。
深く考え込んでいたらしい。
よく道に迷わなかったものだと笑いながら階段を上り、部屋の前に着く。
鍵を開ける時にだけ両手いっぱいに抱えた荷物とティラの事を恨めしく思い、
しかし部屋の中にはいるとその様な事は全て忘れてしまった。
 崩れる様にベッドに倒れ込むと荷物の整理もなしに融けてしまいそうな程の疲労感につつまれる。
ふと鍵をかけていなかった事を思い出すが、ティラが帰ってきた時に
開けるのが面倒だからと言う理由をつけてそのままにしておく事を決める。
 ゆらゆらと流れる疲労感に、しかし何故か眠気は襲ってこなかった。
身体を横たえたまま、する事もなくかといって何かをする気も起きず
‥‥俺は気力を振り絞って窓を押し開けた。
 冷えた夜気が部屋の中に侵入し、温度を下げる。
煩いノイズが深く思考に落ちようとする俺の意識を何とかつなぎ止めていた。
 遠くに聞こえる、楽しげな電子の音楽達。
耳障りな機械車の排気音。
風に乗って運ばれてくる喧噪の声。
かつて、俺が側に求めたモノ。
 音に集中しようと瞼を伏せる。
漆黒に塗りつぶされた視界の中、光の残像だけが
やけにくっきりと浮いて見えた。

「‥‥」

 声を出そうとしても、無理だった。
その雑音を遮りたくないと声帯が震える事を、拒む。
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