ウタリ

□黒い男
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「忘れたって?
ひどいなあ、旦那」

 聞き覚えのある、声と話し方。
久しぶりでもない人間で俺の事を旦那と呼ぶヤツは一人しか知らなかった。
ティラが何だろうと興味深げに男の顔を覗き込む。

「‥‥カゼリト?」
「ご名答。
やっぱ旦那は覚えててくれたか」

 笑いながら、白く綺麗な指で煙草の封を切り一本取り出す。
ポケットをまさぐり、ライターがない事がわかると、口を尖らせながら箱の中に煙草を戻した。
カゼリトはあの時生えていた髭を綺麗にそり落とし、髪の毛も整えているようだった。
分からなくて当然だった。

「髭は?」
「剃った。
ミスティちゃんは?」
「そこ」

 自分の左隣を指さして答える。
カゼリトは身体を反らせて俺の左にいる人物を確認しようとした。
ちょうど同じようにして俺の右にいる人間を確認しようとしていたティラと目が合う。

「‥‥嘘はいけないなあ」
「ガイ、誰?」
「カゼリト。
嘘はついていない」

 最後の言葉は二人に対して発した言葉だった。

「食事が終わってから、上で話をしたらいい。
俺たちがここにいるのかも、カゼリトがどうしてここにいて、
どうして俺たちを捜していたのかも」

 主人が出してくれた酒をあおって、言う。
ティラはその提案に依存はないらしくアップルパイを口に運んだ。
カゼリトは今し方出された熱々のリゾットに目を向けて、溜息をついた。

「結構かかるかも。
猫舌だから」

 返事の代わりに、ティラはチョコレートを口に放り込んだ。
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