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□雫-rain-
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話ながらも手は動いてる辺り、さすがだなと感心してしまう。

「いつもはヒトミにまかせてるんだけど…今日は友達と遊ぶらしいから」
「ついでに買って来いとでもメールすりゃ良いじゃねえか」
「いや……せっかく遊んでるんだし、邪魔しちゃ悪いかなって」
「……シスコン」
「うっ、うるさい!」

がおうと吠えたと同時に、買い物袋を目の前に差し出される。

「1290円」
「……はいはい」

一気に肩の力が抜ける。脱力感とはこう言うものなのかと実感した。

「まいど。………あー、ところでな、鷹士」
「なんだ?」
「言っていいのか悩むんだが……あれ、桜川だよな?」
「ヒトミ!?」

勢いよく先生が指差す先を振り返る。
喫茶店だ。…確かにヒトミがいる。美味しそうに昼御飯だろうか? サンドイッチを頬張っている。

――え?

少し離れた場所なのに、その空間だけ不思議なほどはっきりと見えた。
ヒトミと一緒に昼御飯を食べているのは、梨恵ちゃん達のはずだ。あいつがいるわけないじゃないか。
自分に良い聞かせてみても、目の前に広がるその光景が現実なのだと訴えてくる。

「…雅紀」

間違いない。同じマンションの住人なんだ。見間違えるはずがない。
赤めの髪に相変わらずの爽やかな笑顔。今はその顔でヒトミを見つめている。

梨恵ちゃん達の姿は、見当たらなかった。

「やっぱ桜川だな。華原と一緒みたいだが……知らなかったみたいだな……鷹士!」

先生の声が遠くに聞こえた。



「…とか。――…な…」

話し声が聞こえる。
ああ、先生だ。もうひとりは――誰だっけ。聞いたことはあるんだけどな…。

「おら、起きやがれ」
「いっ…」

突然腹部を襲った激しい痛みに意識が一気に現実へと引き戻される。
……何も蹴らなくても…。

「ここは…」
「店の中だ。…ったく、いきなりぶっ倒れるんだもんな」
「……悪い」

うつ向いて一応謝罪する。先生には悪いけど、今は誰の顔も見たくない。
先生はそんな俺の心中を知ってか知らずか、煙草をふかしはじめた。
少しして、重い溜め息を吐いた先生が勢いよく買い物袋を押し付けてきた。

「…作るんだろ?」
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