短編D

□何もなかったように笑っていて
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 苦しいなら泣けばいいのに。
 誰かが言った。
 でも泣いてしまったら駄目な気がした。
 何が駄目だったのか。
 そんな事は分からない。
 でも終わってしまう気がした。
 何が終わるかなんて分からないのに。

「空に似てる」

 呟いた声が耳に届く。誰の呟きかは知っているから、俺は聞こえないふりをしてそのまま海を見つめていた。

「違う……空が似てる、のかな」

 もう一度彼女はそう言って、今度は俺に視線を向けてきた。
 視界の隅で彼女の金色の髪が揺れる。
 怖いくらいに真っ直ぐな視線に、俺は溜め息をついてから彼女へ視線を向けた。純粋な瞳が俺を映す。赤みがかった紫色の瞳は、どこか美しさよりも俺には恐怖を与える。
 まるで血のようだ。
 鮮血の赤を宿す瞳。

「俺に何を言ってほしいんだ?ステラ」
「海と空は似てる?」
「似てないだろ」
「そう?同じ色をしてる」
「海は水だ。色なんてない」
「ウソ。海は、」
「分かってる。でもそういう話はネオやスティング達にでもしてくれ。俺はそんなに純粋な心を持ってないんでね」

 昔に置いてきてしまったんだ、と言えば彼女は首を傾げた。ただ自分は昔はそんな純粋な気持ちを持っていたのだろうかと疑問にも思ったが。

「忘れ物?」
「そういう訳じゃ、」
「それなら取りにいかなきゃ」
「いいよ」
「どうして?」
「いらないから」

 必要ないものは切り捨てればいい。
 君は知らずともそういう風になっていることを、気付いているか?
 そう思えば苦笑がもれた。そんな俺を見てステラは首を傾げる。

「いいかステラ。この世には必要なものと不必要なものにわかれているんだ」

 意味が分かっているのかいないのか、ステラはただじっと俺を見つめている。
 太陽の光が水面に反射して、彼女の瞳に映る。
 それが美しいと思ってしまうのは、彼女の澄んだ心のせいだろうか。

「だからいらないんだよ」
「……ステラは?」

 どこか悲しげに瞳を揺らし、かすかに震える唇で彼女は声を発した。ただ一言が、俺の心を震わせる。少女の一言に揺れ動かされる己の心が忌まわしい。
 逸らされない瞳が闇に潜んだ心をからめとる。
 ああ、どうして彼女の瞳はこんなにも真っ白なんだ。

「ステラは必要?」

 不必要な感情のはずなのに、彼女の言葉が心を惑わす。
 言葉を失う。
 ただ一言、「不必要だ」と言ってしまえばいいのに。
 これ以上彼女の悲しむ顔を見たくないと思う自分がいる。
 それが何故なのか分からぬままに、俺はそっと彼女の頬に触れた。
 柔らかな温もりが手に伝わってくる。
 そして微笑む彼女に、心が癒されたことを……誰にも気づかれてはいけない。
 どうしてか分からないが、そう思ってしまったんだ。




 揺らめく水面が
 泣いている君に見えた
 だけどそれは君には似合わない
 だから
 何もなかったようにっていて

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