短編D
□明日はきっと
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夜空に浮かぶ星を見上げていたら、隣から名前を呼ばれた。視線を移せば、俺と同じように夜空を見つめるティエリアがいた。薄紫の髪が風に揺れる。美少女と形容しても差し支えないその容貌に苦笑がもれる。
「何を笑っている」
「いやぁ……ティエリアはいつ見ても美人さんだな、って」
「気持ち悪いことを言うな」
「別に他意はないんだけど……」
俺はノーマルだし!と言えば、冷たい視線を向けられ呆れた溜め息をつかれた。
「よく知っている」
「ちょ、それどういう意味」
「さぁ?他意はない」
「な、」
どこか意味ありげに微笑むティエリア。月明かりに照らされて、美しいのにどこか不気味だ。そんなよくわからない攻防戦を繰り広げる俺達を呼ぶ声。
「二人ともはやく来るですぅ!もう準備万端ですっ!!」
その声に俺とティエリアはほとんど同時に振り返った。振り返った先には大きく手を振るミレイナと楽しそうに笑っているフェルトがいた。
今日はこの4人で地球に降下していた。名目としては買い出しなのだが、実のところは1日だけの夏休みだ。ソレスタルビーイング再建のために日夜構わず働きづめだった俺達に、おやっさんたちからのささやかなプレゼント。お前達はまだ若い、ということで青春してこい!とよく分からん言葉とともに送り出された。
何をする、という目的は俺とティエリアには特になかったのだが、ミレイナとフェルトはやりたいことをばっちり計画していた。
「花火するです!」
ミレイナは満面の笑みでそう言った。隣でフェルトも同じように笑顔で頷いていた。花火大会でも見に行くのかと思ったら、そうではないらしい。子ども向けの手持ち花火がしたいらしい。昼間に街中でそれらを買い込み、ソレスタルビーイングが隠れ家として使っている無人島へとやってきた。島を貸し切って花火とは贅沢だな、と思う。
そしてミレイナの言うとおり、準備万端。
「それじゃあ……着火するです!」
ミレイナが高らかに宣言して、俺達の夏らしいひと時が始まった。
両手に花火を持って走りまわるミレイナ、最初っから線香花火に夢中なフェルト、火薬の配合量について計算を始めるティエリア、ロケット花火を打ち上げまくる俺。それぞれに楽しみを見つけては報告しあってそれを共有する。普通の若者、ってこういうことなのかな?
青春、できてんのかな?
「ああ!これが最後になるですぅ」
「もう終わり?早いね」
「あっという間だなー」
「残り時間もわずかだ」
冷静にシャトルの時間を知らせるティエリアにミレイナがむくれる。楽しい時間はあっという間で、また俺達は『日常』とはかけ離れた『日常』へ戻っていく。それを考えるとなんだか寂しい気持ちもしてくる。
この時間が、あまりにも幸福すぎたから。
ティエリアをのぞく3人が少し感傷的になったが、その空気を破るようにミレイナが明るく声を発した。
「最後はみんなで並んでやるです!」
「その必要性は、」
「賛成!海に向かってやったら面白いかな?」
ミレイナの発言にまたティエリアが何か言いかけたが、フェルトがそれを遮って二人で盛り上がる。そんな二人をティエリアは意味が分からない、とでもいいたげに見ていた。
「まぁまぁティエリア。思い出作りじゃん」
「思い出、か」
「楽しい夏休みの1ページ!」
ほら行こうぜ!と彼の背を押して、二人のもとへ行く。
星空の下、4人の笑い声と花火のはぜる音が響く。
よくある光景。
でも、珍しい光景。
「今度はママ達とも一緒にやりたいです」
「うん。みんなと一緒にできたらいいね」
『みんな』の中に含まれる人々のことをそれぞれに思いながら、花火は消えていく。
キラキラと火花が落ちていく。
夏の思い出に刻まれながら。
明日はきっと
明日もきっと
俺達は笑ってる