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□怪獣を懐柔
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「グラハムさん、グラハムさん!」
 近頃、グラハムさんにストーカーができた。
「グラハムさんグラハムさん、返事してくださいよ、グラハムさん!」
 ストーカーといっても、陰湿なものではない。堂々とグラハムさんの後を追いかけてくるし、声を掛けてくるし、最早自分が付きまとっていることを隠そうとすらしていない。
「……悲しい、悲しい話だ。何故俺はストーカー被害に遭っているんだ? 俺は自分がストーカーになることはあってもストーカーに付きまとわれるタイプではないと自負していたつもりだが、それは間違いだったのか? 俺は実はストーカーを引き寄せる能力を持っていたのか?」
「む、何言ってるんですか、わたし以外のストーカーさんはいないじゃないですか! グラハムさんに引き寄せられたのはわたしだけですよ!」
 レンチをぐるぐる回すグラハムさんも、さすがにこのストーカーには引いているようだ。いつもと比べるとテンションが低いし、口数も少ない。グラハムさんをこれだけ閉口させるということは、かなりすごい能力の持ち主ということだ。……まあ、本人が言っているとおり、グラハムさん自身がどっちかと言えばストーカー属性の人間だから、ストーカーされることがめちゃくちゃ負担なのかもしれないけれど。
 しかも、このストーカーの場合、俺たちに特に危害を加えていないから性質が悪い。
 何かしてきたら、グラハムさんも「壊す!」とか言えるんだろうけれどなあ。生憎この女はグラハムさんに付きまとうだけで、別に俺たちに危害を加えてはいない。どころか、懐柔策なのか何なのか、食事を差し入れて来る始末だ。そろそろ愚連隊の中にも懐柔される人間が現れ始めている。これはヤバい。
「ねえグラハムさん、わたし、グラハムさんのことが大好きなんです!」
 今日も手作りのサンドイッチをグラハムさんに差し出しながら、にこにこと言う彼女。
「で、どうやったらわたしのことを好きになってくれますか?」
 さらりと言った言葉の中には、自分が嫌われている可能性は含まれていないようだった。とんだポジティブだ。
 グラハムさんも呆れたような目で彼女を見遣り、サンドイッチの具を確かめながら答える。
「……俺に付きまとうなもうちょい離れろ」
「無理です! 大好きなグラハムさんから離れることなんてできません!」
「……じゃあ」
 どうやらカラシは入っていなかったらしく(グラハムさんは辛い物が大の苦手だ)、ぽいと口の中にサンドイッチを放り込んでグラハムさんが言う。
「もう少し、料理を巧く作れるようになれ」
「え?」
「え? じゃない! サンドイッチのパンは三角だろう!? 二等辺三角形だろう!? それがどうやったらこんな歪な形になるんだ! 四角形ならともかく、なんだこの角だけ切り落としたみたいな形は! 明らかに不自然だろう人為的だろう何が起きたか気になってしまうだろう!?」
「あ、はい」
「俺のことが好きなら」
 ハムサンドを手に取ったグラハムさんは、女から目を逸らして呟いた。
「……俺の好みくらい、分かれ」
 ……え?
 今、グラハムさんが何を言ったのか、理解できなかった。
「俺はサンドイッチが好きだ。それは認める。しかし! 歪な形のサンドイッチなど認めん! 三角形or四角形! ハッキリとした形でカラシ抜きでがっつりとしたサンドイッチが好きだ!」
 それは、聴き方を変えれば、彼女が差し入れをすること(=付きまとうこと)への承認にも聴こえた。
 現に女にはそう聴こえたのか、彼女はパアと顔を輝かせ、「はい!」と元気よく返事をしている。
「明日のサンドイッチ、具のリクエストはありますか?」
「ハムチーズかトマトかカツ」
「分かりました! 綺麗な三角形のカツサンド、作ってきますね!」
 だからどうぞ、と残りのサンドイッチが入ったバスケットをグラハムさんに手渡すと、女は走って去って行った。明日グラハムさんに差し入れるサンドイッチの材料を買いに行ったのだろう、多分。
「……あの、グラハムさん」
「何だ?」
「あんなこと言ったら、あの女、毎回来ますよ?」
 墓穴を掘ったのではないだろうか。この人は馬鹿だから。
 そう思って訊いてみたのだが、返答は俺の考えていたのとは大きく違うものだった。
「……シャフト」
「何ですか?」
「俺はな、下手でも料理を作ってくれる家庭的な女に意外と弱いんだ。ちなみにあの女はおれより三つ年上だ」
「…………」
 そういうことですか。
 どうやら、ラスボスが一番最初に懐柔されていたようだ。






グラハムにストーカーが付く話が書きたかったんですが、気付いたらグラハムが懐柔されておりました。
グラハムは意外と家庭的な女に弱そうだとか、あとは辛い物が駄目そうだとか、そういう話です。

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