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□スポットライトとキスと貴方と
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真っ赤な髪をした貴方が、あたしの視界の先にいる。
貴方は今、新人に指示を出している。出来あがった書類の届け先を説明しているのだろうか。理解の遅い新人に、刺青に紛れて青筋が見える。
貴方は私の副隊長。貴方はつまりあたしの上司。
あたしとは、別世界の人。
「一回で覚えろ!」
貴方の怒鳴り声が聴こえる。
何となく自分が惨めに感じられて、あたしはそっとその場を去った。
あたしは六番隊の隊員だ。目立たない、平の隊員。流魂街出身なので親類もいなく、友達もいない。あたしの存在を把握している人間なんて、ほとんどいないだろう。
そんなあたしは、貴方に恋をした。
真っ赤な髪も鮮やかで、まるで舞台の中央の中にいるような貴方に。
貴方はあたしと同じ流魂街の出身だ。色々と苦労しながら育ってきただろう。でも、あたしと違って力のある貴方は、努力をして席官になった。そして、副隊長にまで昇り詰めた。
そんな貴方が、眩しい。
だから、関われない。関わりたくない。あたしなんかが貴方と喋っても、不快な印象しか与えないと思うのだ。それが怖くって、あたしは貴方に近寄れない。
嫌われるくらいなら、あたしの存在なんか知られない方が良い。
だって、貴方が好きだから。
辿り着いた隊舎の端で、大きく息を吐く。心臓の音が脳に響いている。
「あーあ、」
苦しいくらいなら、好きにならなければ良いのにね。
目が熱くなってきて、廊下の端に座り込んだ。
「もう、いや」
自然と言葉が漏れて、喉から息苦しさが込み上げてきた。全身が熱い。言葉にならない嗚咽が漏れる。
こんなに惨めなあたしが、なんで貴方みたいに眩しい人を好きになってしまったんだろう。
愚かなあたし、馬鹿なあたし。
肩を抱いて、ぎゅっと小さくなる。抑えきれなくって肩が震えた。
「ばか」
「何がだよ?」
呟いた言葉に返事があった。
聞き間違えるはずもない声に顔を上げると、そこには真っ赤な髪の貴方がいる。
「……副隊長」
「って、お前何泣いてんだ? 何かあったか?」
「いえ、別に何でも、」
見られてしまった。こんなに醜い泣き顔を。
尚更惨めな気持ちになって、止めようとしても涙が止まらない。貴方が困惑していることが分かる。でも、止まらない。
「オイ」
「だ、大丈夫です」
だから、
「だから、構わないでください」
弱いあたしの精一杯のプライドを、壊さないでください。
嗚咽で塗りつぶされそうになりながら言うと、貴方の眉が動く。
「あのな」
衣擦れの音がしてぼやけた視界で見ると、貴方は膝を折って座り込み、あたしの顔を覗き込んでいた。
「抱え込むんじゃねぇよ」
「そういうわけじゃ、ないです」
首を横に振ると、伸びて来た手が躊躇いがちに頬に触れる。いや、頬じゃない。あたしの涙を一粒潰したのだ。
「俺はお前に嫌われてんのか?」
「……そ、そんなっ、」
「お前、俺と目が合ったら視線逸らすだろ? 俺が声掛けたら表情硬くなるし。逃げられると傷付くんだよ」
「ご、ごめんなさい」
「謝んな」
涙をもう一粒、貴方の指が潰す。
「きら、嫌いなわけじゃ、ないんです……」
「じゃあ、何でだよ」
「………」
言ってしまったら、楽になるのかな。
嫌われることを怖がるくらいなら、いっそ嫌われてしまった方が良いかもしれない。私の関わり方が貴方を傷付けるのなら、いっそ。
「……好き、だから」
消えそうな声で言うと、貴方は目を丸くした。
「……ハァ?」
「副隊長のことが、好きなんです。……好きで、だから、嫌われたく、なくて、それで、」
眩しい髪を見ていられなくなって、膝に顔を埋める。あたしの声は貴方に届いているのだろうか。
言ってしまうと、いっそうの嗚咽が喉から込み上げてきた。
貴方が何か言っている。だけど、あたしの耳には聴こえない。聴こえない。貴方がたとえあたしを拒否する言葉を言っていても、今のあたしには聴こえない。
聴きたくないから、泣いているんだ。
貴方の指が、離れる。
それから、額と額がぶつかった。
「よく聴けよ」
「う、え」
「泣くな」
囁くような、声。
「あと、」
少しの間が空いたかと思うと、貴方の体が少し動いて、気付いた時にはその腕が背へと回っていた。
「好きだ」
言葉とともに、唇が唇へ触れる。腕に力がこもり、あたしを抱き寄せる。
「嫌いになんてなるかよ、馬鹿野郎」
そう口にした貴方の声は、あたしの涙声と同じくらいに震えていた。
だから、貴方の唇が離れてすぐ、その唇を追いかける。
「副隊長、」
貴方は舞台の真ん中の人。
そしてあたしは、舞台の端に立っている端役。
でも、たとえ誰も見ていなくても、貴方といればあたしの世界にスポットライトが射す。
(「シュガーリップロマンス」へ提出!)
(ネガティブ女子を全力で応援いたします)