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□傷つけることしか知らない僕ら
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 好きだとか嫌いだとか、そういうことを口にするのは酷く難しい。漢字に直せばたかが二文字だと人は言うけれど、わたしたちは、その行為すらできないのだ。
「ノイトラの馬鹿アンタなんて死ねばいいのに」
 わたしがそう口にすると、ノイトラは決まって口を歪める。大きな大きな口を、引き裂くように歪める。そこからいつものパターン。お決まりのヘビーローテンションが幕を開ける。
「黙れよ調子乗るんじゃねぇよ雌」
 単細胞丸出しな言葉を吐いたノイトラの拳が、いつものようにわたしの顔に決まる。抵抗はしない。抵抗しても敵いっこないと、賢いわたしは知っているから。その代わり、言葉で応戦。口でノイトラに負けたことは、今までに一度もない。
「何かあるとそうやってすぐに殴るのね、ああ第6十刃ともあろう破面が子供みたい」
「テメェこそ、口しか動かせねぇくせに」
「わたしは馬鹿じゃないから分かってるのよ、何を使えばアンタに勝てるのか」
「俺が今まで負けたことなんてあったか?」
「あるじゃない、いくらでも」
 おかしくなって笑ってやれば、頬にぐしゃりと嫌な衝撃。口の中が一瞬でドロドロになった。赤い唾液が唇の端から流れ落ちたのが分かる。
 この男は――ノイトラは、本当に馬鹿だ。暴力しか知らない。絶望を司るこの男がそうなってしまった理由なんてわたしは知らないけれど、もしかしたら、言葉でのコミュニケーションに絶望してしまったのかもしれない。
「あはは! アンタって本当に獣ね! グリムジョー以下だわ!」
「アイツの名前なんて出してんじゃねぇよ」
「俺の前で他の男の名前出すなって? アンタ、わたしの恋人にでもなったつもり?」
 尚更おかしくなって、更に一層笑ってやる。ああ、目から涙が零れてきた。
「黙れっつってんだろ」
 そんなわたしをいい加減うるさく思ったのか、ノイトラのブーツの踵が迷いなく肋骨の間を刺激してきた。ピンポイントな分かなり痛い。ミシリ、と嫌な音。激痛が走り抜けたけれど、何でもないふりをする。もう慣れてしまった。
「テメェこそ、俺と対等な口利いて何様気取りだ?」
「ぐ、は」
「お前はな、俺の所有物でしかねぇんだよ。所有物が俺に口応えするか?」
「はは、じゃあ、テスラみたいにアンタの言うこと言うこと頷けばいいわけ? あーあ、テスラはノイトラと違って本当に良い男よね。暴力なんて振るわないし」
「そりゃアイツが臆病なだけだ」
「っ、それは違うわ。テスラはアンタみたいに獣じゃないだけよ」
「……それ以上言ったら、本当に潰すぞ」
 足に一層力が籠る。嫌な音は継続中だ。これが治るのにはかなりの時間がかかるかもしれない。まあ、そんなことはいい。治るのに時間がかかろうとかからなかろうと、わたしは四六時中怪我をしている――つまり、治る前にまた同じ目に遭ってしまうのだから。でも残念ながら、遭うようなことをしているのは自分だと、そういう自覚はある。なければ良かったのに。
「馬鹿ね、アンタは」
 対するノイトラは何も知らない。だってノイトラは馬鹿だから。
 そう、ノイトラは馬鹿だ。大馬鹿だ。ついでにわたしも大馬鹿。だって、たった一言なのだ。たった一言伝えられれば、わたしたちはこうして傷つけ合うことなんてしなくてよくなる。それなのに、その一言を、未だに言えずにいるのだから。
「死ね、この糞女」
「アンタなんて大っ嫌いよ、ノイトラ」
「……俺も嫌いだ」
 互いの言葉で傷付くくらいなら、口にしなければいい。それすら実行できないわたしたちはきっと臆病者で、
(罵る口を、殴る腕を知っていても)
(愛を囁く口も、抱き締める腕も知らないのだ)





破面夢企画「テ・キエロ」様に提出。



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