背景青

□心という名の要らないもの
1ページ/1ページ



 ウルキオラ様のように心がなければよかった。
 そう思いながら、私は刀を肩に振り下ろした。
「かはっ」
 鈍い痛みが走って、肩から血が溢れ出す。ぼとぼとぼとぼと。あたしの白い服を赤く染めて、血はどんどんと流れていく。
 心なんてなければよかった。
 そしたらこんなにつらいことはなかったのに。
 麻痺した体内で痛みが鈍く響いて、考える力を奪う。ゆっくりと横になって、私はほっと息を吐いた。傷口に触れれば、粘つく血液が指を汚す。
「いたーい……」
 思わずうふふと笑いがこぼれた。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 これでいい。
 痛い間だけは忘れてられる。つらいこと、苦しいこと、その他もろもろ。
 どうしてあたしは女に生まれたんだろう。どうしてあたしは心を持って生まれたんだろう。
 破面には心がないのだという。そんなの嘘っぱちだ。
 心がないのなら、どうしてこんなに苦しい思いをしなければならないのだろう。
「どうして?」
「何がだ」
 何処でもない何処かに向かって放った問いへと返ってきた返答に、私は大きく息を吐いた。
「ウルキオラ様……」
 上半身を上げれば、そこには見慣れた無表情。
「自分でやったのか?」
「はい」
「酔狂なことだ」
「はい」
 私を見下ろすウルキオラ様の顔には、いつもと同じように、何の表情も浮かんでいなかった。
「軽蔑しましたか?」
 試しに問うてみると、すぐさま返される返事。
「貴様が何をしようが興味はない」
 そうだと思った。ほっと息が漏れた。
 私はウルキオラ様が好きだ。この方の従属官で良かったと、心の底から思っている。
 ウルキオラ様のように生まれたかった、という憧憬の意味で一つ。
 それから、私に無関心なウルキオラ様の態度の心地良さが一つ。
「ですよね」
 傍に置いてあった包帯を肩に巻き付けて、新しい傷口を覆い尽くす。それから上着を羽織って、私はウルキオラ様を見た。
「どのような御用で?」
「茶を飲もうと思っただけだ」
「今お淹れします」
 さっきまでこの部屋が血の臭いで満ちていたことなど、すぐに紅茶の匂いで覆い隠されるだろう。ウルキオラ様も、このような些事はすぐに忘れてしまうだろう。そう思うと、自然に笑みが浮かんだ。
「痛みが好きなのか?」
「いえ、ただ痛みが欲しいだけです」
「その二つは違うのか」
 幼子のようなウルキオラ様。感情のこととなるとこのお方はいつもこうだ。それが愛らしくて愛しくて、私の笑みは自然に深まる。
「ウルキオラ様」
「何だ?」
「私には心があると申し上げたら、貴方はどうおっしゃいますか?」
 ああ、その唇で言ってほしい。
 心など、邪魔なものでしかないと。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ