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□痛みなんかじゃ消せやしない
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 自室から厨房に這うように出て、手に握っていた錠剤たちを口の中に放り込む。それから水を流し入れる。口の端から入りきらなかった水がこぼれた。
「……っ」
 片手で頭をかきむしり、もう片方の手でその腕に爪を立てる。今の私はさぞかし滑稽な姿をしていることだろう。はは、と乾いた笑みをこぼした私は、人の気配を捉えて、瞬間的に息を詰めた。そっとコップをシンクに置いて、冷蔵庫の陰に身を隠す。
「おかしいな、確かに物音がしたんだけど」
 現れたのは、トレーニング途中らしい鬼塚くんだった。おそらく、水を飲みに来たのだろう。
 バレませんように。今人と会っても正常に口を利ける自信がない。そう心の中で願っていると、不意にこちらを向いた鬼塚くんと目が合った。
「……何してるんスか」
 驚いたような顔で問われて、私は強張った笑みで応える。
「いや、水を飲みに来ただけ」
「電気も点けずに?」
「面倒くさくて」
「顔色最悪ですよ」
「暗いからじゃない?」
 逃げるように視線をさまよわせていると、鬼塚くんがため息をつく。そして、無言で電気を点けた。
「やっぱり青い顔だ」
 じっとこっちを見て言われて、私は横を向いた。
「悪い夢でも見ましたか?」
「いや、ちょっと、」
「うわ! どうしたんですか、腕」
 左腕を掴まれて、私は顔をしかめた。左腕には、爪痕と歯形がびっしりついている。よく見ればおそらく、自傷痕も見えるだろう。
「いや、本当、何でもないから」
 「……誰にやられたんスか」
「誰?! いや、えと、自分で」
「ハァ?」
「……自分で、やった」
 しばし沈黙が舞い降りた。呆れられた、と思った。
「じゃあ、私、これで」
 逃げるように立ち上がろうとすると、鬼塚くんが私の腕を引き寄せた。倒れ込んだ私は、そのまま彼に抱き締められるかたちになる。
「つらいんですか」
「……え」
「つらいんでしょう? そんなときは、独りじゃ駄目ですよ。余計につらくなるだけです」
「……鬼塚くん」
「夜が明けるまで、俺の部屋にいませんか? 何も言いたくなかったら、何も言わなくていいですから」
 鍛えた体にひょいと抱き上げられて、そのまま彼が歩き出す。
 気付けば、彼の胸に顔を埋めて、泣いていた。
 そうだ。欲しかったのは、抱き締めてくれる、温もりだったんだ。
 




お題bot(@odai_bot00)様よりお題

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