BACCANO!
□憐愛
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「ごめんなさい黒沼くん、あたしそろそろ用事があるから」
「……そうですか。それは残念です」
もっと、折原臨也のことが聴けたかもしれないのに。
舌打ちしたくなるのを抑えて笑顔を見せる。相手は相変わらずの無表情で、もうすでにハンドバックを持って立ち上がっている。会計は僕にさせるつもりらしい。とんだ女だ。
「役に立てなくてごめんなさい」
「いえ、先輩とお話しできただけで十分です」
折原臨也の駒。忠実な僕。狗。女子高生。先輩。それが彼女を成り立たせる、僕が知る要素。
本当なら興味も何も湧かないであろう女だけど、僕が知る中では誰よりも折原臨也に近い。だからこの人を呼び出した。折原臨也のことを聴き出す為に。それなのに、何も聴き出せなかった。とんだ時間と金の浪費だ。
僕の忌々しげな視線に気付いたのか、彼女は振り向いて微笑む。
「あまり分不相応なことはやめておくべきよ、黒沼くん」
「……何がですか?」
「臨也さんに勝負を挑むには、君じゃ役不足だわ」
心臓をひっくり返そうとするような言葉を、さらりと言う。僕はわざとらしく驚いた。
「何を言っているんですか、先輩」
「とぼけたって無駄よ。あたしもそれほど馬鹿じゃないの。臨也さんに不利益を生むようなことは、言わないわ」
世界を、そして僕を馬鹿にし切ったかのような冷めた瞳に、うっすらと浮かび上がってくる熱。吐き気がする。僕が隠しもせずに顔を歪めるのを見た先輩は、もう用はないと判断したのだろう、スカートから閃く脚を出口へと動かし始めた。
「……分かりません」
言葉が口を付いて出る。
「あの人には、貴女がそこまで夢中になるほどのものがあるんですか?」
折原臨也を信奉する他の女たちにも、既に何人か接触済みだ。誰もが何処か不安定で、脆くて、何か縋るものを必要とするような弱い存在だった。そう、僕や折原臨也の駒に、いとも簡単になってしまうような。でも、この人は違う。この人はそこまで愚かじゃない。自分が利用されると分かっていて蜘蛛の巣に引っ掛かりに行くどころか、この人は蜘蛛だ。捕食者。掌の上で、誰かを踊らせるような。
それなのに何故、駒に収まる?
僕の問いに、彼女は悩むことなく振り向いて笑った。
艶然と。
だって、臨也さんはあんなにも人を愛しているのよ?
それなのに、臨也さんが人を愛するのと平等には、誰も臨也さんを愛さない。そんなの不公平じゃない?
だからあたしが、かわいそうなあのひとをあいしてあげるの。
そう言った先輩の顔は、どんな愚者よりも恐ろしかった。
(青葉君が書きたかったんですよ!)