白部屋2

□素直じゃないだけ
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 昨今の流れだが、世間は喫煙者に冷たい。特にアメリカは。その潮流は、多国籍の人間が集まっているとは言え、U-NASAでも変わりない。
「ちくしょー、煙草の値段また上がったよ……」
 一人ごちながら、買ったばかりの煙草に火を点ける。ここはU-NASA唯一の喫煙所。格好を付けて煙の臭いにこだわったりしているから、私の煙草代はえげつない。世間ってつらいなあ。
「煙が目に染みるぜ……」
 現実逃避に馬鹿なことを言ってみたり。実際に目に染みた。研究職に徹夜はつき物だ。
 しばらくまばたきしていると、がらりと喫煙室のドアが開いた。
「お、いたいた」
 そう言って入って来たのは、小町小吉。こいつは喫煙者ではなかったはずだが。
「何か用?」
「いや、研究室にいなかったから」
「そのためによく喫煙室なんか来るね」
「今更副流煙なんて気にやしねぇよ」
「そうかい」
 で、何の用、とスパスパ煙草を吸いながら問いかける。ここは喫煙室だ、火を消してやる理由はない。
「いや、別に、顔見たくなっただけだ」
「誰にでもんなこと言ってると誤解されるぞ」
「お前にしか言わねぇよ」
「変な噂が立つぞ」
「もうとっくに立ってるぞ」
「マジかよ」
 馬鹿話だなあ、と自分でも思う。だが、命を賭けた手術を行ったうえに命を賭けて任務を遂行するこいつと、他人様の命を預かる研究を行う私にとっては、気分転換のようなものだ。
「まあ、お前となら立っても気にならんがな」
 言ってやれば、四十路男のゴツい顔に、さっと赤みが差した。
「周りが結婚しろ結婚しろとうるさいんだ、いいカモフラージュになる」
 わざと外してやると、今度は肩が落ちる。見ていて飽きないやつだ。
「お前ってやつは……」
 本当は知っている。この男が自分に対して持っている感情くらい。だのに気付かないふりをするのはおそらく、この距離を失うのが惜しいからだろう。相手がこちらに好意を持っているくらいの関係の方がやりやすいことを、悪女じゃないが私は知っている。我ながらずるいなあと、思う。
 吸い終わった煙草を灰皿に押し付けて、私は椅子から立ち上がった。
「私は研究室に戻るが、本当に用はないんだな?」
「……ああ」
 複雑な顔をした小町小吉が、私に続いて喫煙室を出る。研究室と逆方向に渋々歩き出した小町小吉の背中に、私は声をかけた。
「火星から、生きて帰ってこいよ。お前が私の担当した初めての人間だからな」
「はいはい」
「帰ってきたら、本気で応じてやるよ」
「はいは……え!?」
 振り向いた小町小吉に、私は笑いかけた。
「だから生きて帰ってこいよ、小町!」
「おう!」
 明るい声で応じて、小町小吉が歩き出す。本気で応じて断られたら、とか考えないのがあいつらしい。
 さて、生きて帰ってきたら、どう気持ちを伝えてやるか。手術と同じくらい難しい課題に、胸が躍った。




素直じゃないヒロイン

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