白部屋

□挨拶
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「これより‘影’が行動を開始する」
 隊首会から戻って来て早々にそう言った白哉に、恋次は「え?」と顔を上げた。
「‘影’……ですか?」
「そうだ」
「それはまた、珍しいことッスね」
 そう言った恋次も、実際に‘影’を目にしたことはない。
 ‘影’は、この尸・魂界の陰の部分を担う組織である。その存在は、平時は隊長格しか知る者がいない。こうして何かあると表に出ることがあるが、その存在は闇に包まれた存在――この尸・魂界の暗部とも言えるものだ。
「ああ」
「隊長は‘影’を見たことあるんスか?」
「一度だけだがな」
 珍しく苦々しい顔でそう言って、白哉は自身の席に着いた。どうも不機嫌そうな彼に、不思議なこともあるものだ、と恋次は思う。
「どんな奴らなんスか?」
 重ねて恋次が尋ねると、白哉の顔の苦々しさは一層深まった。
「……あまり関わらぬ方が良い者どもだ」
「はあ……」
「‘影’はまさしく尸・魂界の暗部。隊員もそれに相応しい者が揃っている」
 それ以上、白哉は語ろうとしなかった。
 恋次が実際に‘影’と関わるのは、これから数日後のことである。







 十一番隊の一角と互角に斬り合っている者がいる。
 休憩時間中に舞い込んできたそんな噂に、恋次は耳を疑った。
「一角さんと?」
「そうなんすよ。それがなんでも、羽織を着てる奴らしくて……」
「もしかしたら‘影’なんじゃないかって、噂になってるんです」
 知らせてきたのは、まだ入隊したばかりの若い死神たち。半信半疑ながらも、恋次は耳を傾けた。
「どこで斬り合ってるんだ?」
「十一番隊の隊舎らしいっすよ」
「行くんですか、隊長」
 尋ねられ、まあ、と恋次は考える。
「……行くのも悪くないかもな」



「行くぜ!」
 始解した斬魂刀を大きく振り上げて、一角は地面を蹴った。
「来い!」
 それに応じた椿は、刀を持ち上げて一角の斬撃を受け止める。彼が刀を振り払うのと、一角の懐に潜り込むのとは同時だった。
「ハッ」
 言いながら、椿が鋭い蹴りを一角の腹に打ち込む。後ろに跳んでそれを回避した一角は、顔いっぱいに笑みを浮かべた。
「なかなかやるじゃねぇか!」
「そっちこそ」
 椿もまた後ろに下がり、刀を構えて笑う。
「三席にしておくのは惜しいくらいだ」
 笑い合い、また同時に地面を蹴る。数合続く斬り合いを見ていた弓親は、やって来た恋次に「やあ」と声をかけた。
「この人が……?」
 恋次の問いに、「どうもそうらしいね」と弓親は笑う。
「突然現れて『斬り合いたい者はいないか』なんていうから、何者かと思ったけど……。彼が‘影’の隊長で間違いないだろうね」
「はあ……」
 やや困惑しながら、恋次は二人の戦いを見守る。彼の目から見ても、二人の戦いは互角。どちらも気を抜けない真剣勝負だ。
 一角が突き、椿が払う。椿が突っ込んで来たのを、一角が受け止める。二人の戦いは示し合わせたかのように息が合っていて、よく出来た見世物のようだ。
 しばらく二人が見物していると、遠くからこちらに向かって来る足音が聞こえた。
 そして、風が恋次の頬を掠めた次の瞬間。
「何しているんですか、隊長!」
 一人の女が、片手で椿の刀を受け止め、反対の足で一角の刀を踏み付けていた。
「すまない、円寿」 
 女――白藤円寿は、自らの上司を呆れたような目で見遣り、はあ、とため息をつく。
「まったく、今日もいないと思ったら……こんなところで何しているんですか」
「よくここが分かったな」
「派手に立ち回りしているせいで、噂になっていましたよ」
「そうか」
 ふっと笑って、椿は刀を引いた。それを見遣った円寿は、まだ刀を踏みつけたままの一角を振り返る。
「申し訳ありませんが、今日はここまでということで構いませんか?」
 呆気にとられたような顔で円寿を見ていた一角だが、その一言で我に返り、「しょうがねぇ」と舌打ちをした。
「今日はここまでにしといてやるよ。次はこの続きからだ」
 すると、椿がくつくつと笑い、刀をしまった片手を挙げる。
「楽しみにしておくさ、斑目一角」
「一角でいいぜ」
 一角も笑い、円寿の下から刀を解放すると、鞘にしまった。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ご迷惑おかけしました」
 ‘影’の二人が歩きながら去って行く。その背中を見ながら、「まったく」と弓親は肩を竦めた。
「面白そうだね、‘影’も」
 その顔に浮かぶ戦闘意欲に気付きながら、「そうッスね」と恋次も頷いた。







久々の更新ですみません!

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