白部屋

□脚が欲しいか人魚姫
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「わたしねえ、人魚なんです」
 ソファに腰掛けてゆらゆらと脚を揺らしていた少女が、天井を見つめながら言った。
「そう」
 いつものことだ。臨也はディスプレイから視線を外さず、おざなりに言葉を返す。
「だから、脚が痛いんです」
「湿布でも貼れば?」
「意味ないですもん。人魚の脚の痛みは、筋肉痛とは違うんです」
 日に晒されたことがないような腕をそっと伸ばし、少女は自分の脚に触れる。脂肪も、筋肉もついていない脚は、不健康と評しても問題はないだろう。触れるだけで簡単に折れてしまいそうな造りをしている。
「早くしなきゃ、わたしは泡になって消えてしまう」
 声はどうしたのか、などという野暮なことを、臨也は訊かなかった。ただ、パソコンをシャットダウンすると、ゆっくりと椅子から腰を上げる。
「何のために、君は陸に上がったんだい?」
「恋をするためです」
 天井から臨也へと視線を移し、少女は微笑んだ。
「海の中じゃ、恋はできないんです。知ってますか? 人魚に魂はないんですよ。だから、恋ができないんです」
「人間となら恋ができると? 君も人魚なのに」
「わたしは特別なんです。だから、恋がしたいし、逆に言うと他の人魚に嫌われる」
「それならすればいい。シズちゃんなんてどうだい? 人外同士お似合いだよ」
「野蛮な人は嫌いなんです、わたし。もっと優雅で、綺麗で、素敵な人じゃなきゃ」
「えり好みはいけないなあ。消えたくないんだろう?」
「実を言うと、もう相手は決めてるんです」
 ゆったりとしたワンピースを引き摺りながら上体を起こし、少女は手を伸ばす。少し伸びた爪が、すうと空を切った。
「臨也さん、わたしを人間にしてくれませんか?」
「駄目だよ。無理だ」
「どうして?」
「君は人間じゃないからね。俺は人間しか愛さない。人魚なんて論外だ」
「……臨也さんのケチ」
 少女が頬を膨らませても、臨也は目を細めるだけだった。人魚だと称する彼女よりも、臨也の方が余程人外らしい。
「わたしだって、人間になれば人間ですよ」
「だから? 人間にならないうちは、君は中途半端な存在でしかないのに、俺が愛せるとでも?」
 フフン、と臨也が笑う。少女の頬が萎んだ。
「……臨也さんは」
 膝に顔をうずめた彼女の声は、不安げに震えている。
「わたしのことが、嫌いですか?」
 ちらり、と視線を上げて尋ねる様子は、捨てられた子犬のように哀れさを誘う。臨也がため息をつくと、その肩が震えた。
「しょうがないね、君も」
 少女の隣に腰かけた臨也の体重で、ソファがギシリと軋む。それに顔を上げた少女は、予想外に近い臨也との距離に、びくりと体を強張らせた。
「……臨也さん」
「早く人間になりなよ」
 頬に手を添え、垂れた髪を掻き上げる。珊瑚色の唇にわざと乱暴な口付けをすると、少女はおずおずと瞼を閉じた。
 人間のそれと寸分違わぬ少女の口内を蹂躙しながら、臨也はひっそりと嗤った。



(何て愚かなんだろう! 他の人間とは違うと言うためだけに、自分が人魚だと言うなんて! 素直に人間だと言えばほかの人間と同じくらいの愛情を与えてやれるのに、本当、なんて可哀相なんだ!)
(……早く言いなよ、「本当は人間なんです」って)
(そしたら、ちゃんと人間として愛してあげるから)







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