WJ

□笑顔と無表情
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 中学時代、サソリは美術部だった。
 と言っても、あいつは部活に顔を出すようなタイプじゃなかった。集団行動嫌いだから。じゃあ、何処で作品を制作していたのか? 簡単だ。サソリはアトリエを持っていたのだ。
「ここがその……」
 サソリの父親と母親は、有名な芸術家だった。彫刻家と、画家。サソリ本人もその血を受け継いで、彫刻を趣味にしている。そして、そんな彼が作業場として使っているのが、父親の物だったアトリエである。
「そこに座れ」
「はいはい」
 サソリの両親は、サソリが幼い頃に亡くなった。ただ一人生きている血縁者の祖母は、随分と遠くに住んでいるらしい。だから、サソリは独り暮らしだ。家が広いこともあり、何度かみんなで遊び場にしたが、アトリエに入るのは、その日が初めてだった。
「どれくらいかかる?」
「二時間はかかるな」
「じゃあ、本でも読んでおくよ。構わない?」
「好きにしろ」
 サソリに、彫刻のモデルを頼まれたのだ。
 彫刻と言っても、胸像だ。何故私を選んだのかはよく分からないが、身近にいる女が一人しかいなかったというのも関係しているかもしれない。
「とりあえず、横向きな」
「分かった」
 サソリが描く予定のデッサンは、四枚。前方と後方、そして左右両側から描くそうだ。あとの作業には、私は立ち会わなくていいらしい。必要なのはデッサンだけ。そのデッサンも、二日に分けて描く予定だ。今日は、左右の両側から。
「もうすこし顎引け、そう……それくらいだ。背筋は伸ばせ。本? そこらにある本立てでも取って来い」
 上から目線で指示を出してくるサソリに、一瞬苛立ちが募る。頼まれてモデルを引き受けてやっているのに、いくらなんでも扱いが雑過ぎる。だが、すぐにそれは忘れてやることにした。芸術家というのはこんなものなのかもしれないと、そう思ったからだ。
「よし、その姿勢だ。表情は気にするな。なるべく無表情でいろ。絶対に笑ったりはするな」
「笑わない方がいいわけ?」
「自分の笑顔の写真を見たことないのか? ものすごく不細工だぞ」
「……知ってるよ」
 相変わらずの、歯に衣着せぬ物言い。こいつのこんな面を知れば、バレンタインにチョコレートを送って来る女子の数も減るのだろうか。バラしてやりたい。
「なら笑うな。俺のことは気にせず、本に集中しろ」
「はいはい……」
 まったく、我儘な芸術家だ。そう思いながら、私は本に視線を落とした。



「書けた」
 サソリがそう言ったのは、二時間経ったか経たないかぐらいの頃だった。
「もう?」
「ああ」
「早いじゃん」
「馬鹿にしているのか?」
 来い、と手招きされたので、素直に応じてやる。背後からキャンバスを覗き込んだ私は、驚きに声を上げた。
「すごい……!」
 そこに描き出された私は、本物のあたしに、よく似ていた。でも、何となく、違和感がある。何だろう、と二枚の絵を眺めてから、あ、と私は呟いた。
「この私、笑ってる……」
「ああ」
「いや、でもさ、笑うなって言ってなかったっけ?」
「言ったな」
「笑ったら不細工になるとか言ってなかった?」
「写真の中だと、な」
 鉛筆を膝に置いたサソリが、くるりとこちらに顔を向ける。そして、むに、と私の頬を引っ張った。
「写真の中のお前は、不自然なんだよ。作り笑顔なんだ。だから不細工だ」
「はあ……」
「不細工な笑顔なんて書いて意味あるか」
「でも、私笑ってなかったじゃん。どうやって書いたわけ?」
「お前の顔を見ながら、思い出して書いた」
「……できるんだ、そんなこと」
 何となく釈然としないながらも、解放された頬を擦る。キャンバスの中にいる私は、紛れもない私で、でも、見たことのない私だった。
「私、こんな顔で笑ってる?」
「俺たちといるときはな」
「ふうん……」
「正しく言えば、俺たちといるときだけだ」
 だから、とサソリは鉛筆を私に向けて言った。
「俺たちの前だけで、そうやって笑えよ」




 サソリの彫刻は、文化祭の数日前に完成した。そして、あいつの作品として、文化祭に展示されることになった。
 モデルが私であることに気が付いたのは、ほんの一握りの人間だけだった。
 まず、私は目立たない。せいぜい「ヤンキーとつんでる女子」程度の認識だ。それに、もしサソリの言葉が本当なら、本当に笑った私を見たことのある人間なんて、そう多くない。だからだろう。気付いたのは、イタチや飛段をはじめとするごく少数の人間だけだった。
 だが、その少数の人間の中での反響は、大きなもので。
「なんか腹立つ! 先輩、来年はオイラの作品のモデルになってくれよ、うん!」
 デイダラは真剣な顔でそう言いながら私の肩を掴んで揺すって来たし、イタチはすごくよい笑顔で、サソリの作品をべた褒めしていた。飛段なんて、「実物よりも良く見えるな」なんて言ったほどだ。腹が立ったから殴っておいたけど。
「その像、展示終わったら貰ってもいい?」
 帰り道。
 私がそう尋ねると、サソリは少し驚いたような顔をした後、意地悪げな顔で言った。
「そんな空間、お前の家にあるのか?」
 余計なお世話だった。




 でも、結果として、その彫刻は私の部屋に置いてある。飾ることはできないから、部屋の隅に置いてあるだけだけど。
 その彫刻を見るたびに、私は、馬鹿をしていた中学時代のことを思い出す。そして、こう考えるのだ。
 ――今もまだ、あいつらの前でしか、こんな笑顔を見せていないんだろうか。
 と、そう。










ちょっと真面目にサソリと。サソリのモデルになる話が書きたかったと言うか……。

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