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□食物願望
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「ねえ臨也さん」
「私を、食べてください」

 ちょこんと頭を下げてお願いすると、書類をパラパラ見ていた臨也さんは、流石に驚いたように私の顔を見た。その赤い瞳が私を捉えて、訝しげに唇を動かす。

「……ついにおかしくなったのかな」
「いえ、違うんです。ただ、臨也さんに食べてほしいんです」

 ね、と左手を差し出すと、臨也さんは眉を寄せて、私の手の甲に口付けた。歯を立ててすらくれないそのキスに、不服さが募る。
 すべての人間を愛していて、すべての人間を知りたい臨也さんは、やはり今回も興味が出たのだろう、書類を机の上に置いて私と向き合った。

「どうしてかな」

 ああ、子供を諭すようでいて、それでいて研究者のような声。ぞくぞくとする。

「私、臨也さんの駒でいることに、疲れちゃったんです」

 口にすれば、「……へえ」と臨也さんが相槌を打った。満足して、私は言葉を続ける。

「でも、生きている限り、臨也さんの駒はやめられないでしょう? だからです」
「じゃあ勝手に死ねば良いじゃないか」

 冷たい言い方だけど、面白がっているのだろう。薄い唇は歪んでいる。

「死んだって、臨也さんなら死体だって利用しちゃいますよ。だから、死体すら残らないように、私を食べてほしいんです」
「……食べる、ね。生憎俺はカニバリズムには興味がないんだけど」
「人の肉だと思って食べると美味しいか不味いかの両極端らしいから、私のお肉だと思って食べてもらえたら嬉しいんですよ」
「生で?」
「そこは色々と波江さんを騙して料理してもらってください。あ、私としては生でも構いませんよ?」

 ね、と微笑む私。個人的には、痛くない方が良い。よって、死んだ私を料理して食べていただけるのが一番良い。……まあ、生でも別に構わないけど。
 少し手を動かして白い頬に触れると、臨也さんは嘆息して私の手に触れた。赤い舌が、私の人差し指に接触する。ぞわりと粟立つ背。八重歯の先がちらりと当たったら、そこにはもう快感以外は見出せなかった。

「臨也さん」
「殺さないよ」

 冷たい吐息が肌に触れる。臨也さんはいつもと変わらない。私だけが興奮しているようだった。
 もう一度、臨也さんは言う。

「死なせてなんかあげないよ」

 そして、笑った。
 艶やかに。美しく。冷たく。それでいて、私が大好きな表情で。

「君はまだ、利用価値があるんだ」

 冷淡な言葉。でも、でも、その言葉を耳にした瞬間に、私の心は燃え上がる。
 耐えきれなくなって、私は身を乗り出した。そして、手を這っていた下に口付けを落とし、そのまま彼の唇を食む。
 そうだ。この言葉が欲しかったのだ。
 まだ利用してほしい。まだ傍に置いていてほしい。その言葉が聴きたいがために、私は彼に食べてほしいと思った。
 だけど、

(嘘じゃない)

 もし、この私の体の何処にも利用価値がなくなったら。臨也さんの傍にいる意味がなくなってしまったら。
 そのときは他でもない、その臨也さんの舌で、私のことを食べてほしいのだ。














(カニバリズムもどき! 結局なんか変な話になった)

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