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□そうして一つの夢が終わる
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 私は貴方にはなれない。
 どんなに頑張っても貴方みたいに強くはなれない。貴方みたいな魔法権利は手に入れることができないし、貴方みたいな体力も運動能力も、どんなに鍛えたって私の体はもうこれ以上のものを生み出すことができない。
「頑張ればできるさ」
 見習い時代は、貴方のそんな言葉を信じていた。
 何でもできる、それでいて驕らない、武装司書の鑑みたいな、ヴォルケン。貴方は私の憧れだった。貴方みたいになろうと思っていた。
 馬鹿だった。なれるわけがなかったのだ。
 貴方には才能はあったけど、私には才能がなかった。たったそれだけの違いが、私を絶望の底に叩き込んだ。





「代行、」
 冬のある日。
 コートに身を包んだ私は、代行に辞表願を提出した。
「私、見習いを辞めます」
「……そう」
 代行は大して興味なさそうに頷いただけで、すぐに書類に印を押してくれた。もともと分かっていたのだろう。引き止められることはなかった。
「お疲れ様」
 そう言ってケーキを出してくれたのはイレイアさんで、マットさんはぽんと頭を叩いてくれた。それだけで、涙が出そうだった。
 こんなおちこぼれの私に、どうしてみんなは最後まで優しいのだろう。
 本当はもうやめさせても良かったのに、もう私より年上の見習いはいないのに、どうして誰も私を追い出さないでいてくれたのだろう。
「再就職先は決まったの?」
 これはミレポの言葉だ。
「ううん。田舎に帰って家業を手伝いながら、新しい仕事を探そうと思う」
「一般司書は……」
「無理よ」
 武装司書に近すぎる。
 私がそう言うと、ミレポはハッとしたような顔をして俯いた。
「ごめんなさい、私、無神経で……」
「ううん、良いの。私だって、もっと図書館で働きたいから。でもやっぱり、見習いたちが武装司書になっていくのを近くで見るのは、辛いかなあ」
「本当に、」
「ミレポは悪くないよ」
 ありがとう、と言って頭を下げた。
「私なんかと今まで仲良くしてくれて。ミレポやみんながいたから、おちこぼれだけど今までやってこれた」
「そんなことないわ。貴女は素敵だった。私が貴女と話したいと思ったから、私は貴女と話したのよ」
「知ってる。ミレポは嘘がつけないもんね」
「……褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる」
 ミレポが一番の友達だった。不器用で優しくて、意外と感動屋さんなミレポがいたから、私は今まで見習いをやってこれたのだ。
「ミレポがいたから、乗り越えられたんだよ。ミレポは私をかばってくれた。私は精一杯努力してるんだって、そう言ってくれた」
「……ヴォルケンの、こと?」
「良いのよ、気にしてないから。確かに私は才能がなかったけど、でも、それを理由に逃げてたのかもしれない」
「そんなことないわ!」
「そうだね、ミレポがそう言うのなら」
 じゃあね、と手を振ると、ミレポは俯いて右手を上げた。
 彼女が泣いているのだということくらい、私はちゃんと分かっていた。



 数年前、私は手ひどい失恋をした。
 振られたわけじゃない。たった一言彼のことばが、彼も知らないうちに私の言葉を傷付けた。それだけの話だ。
『頑張ればできる』
 どんどん後輩に抜かされていく私に対する、もうとっくに武装司書になったヴォルケンの、励ましのことば。
 そのことばは、追い詰められていた当時の私の精神を、いとも容易く破壊した。
『……ありがとう』
 できるわけないじゃない、と言いたかった。
 私は貴方とは違う。私には才能はない。どんなに頑張ってもこれ以上伸びないことは、言われなくても薄々気付いていた。それでも武装司書になることを諦めたくなかったから、私は無茶をした。
 体が悲鳴を上げるまで、稽古した。
 睡眠時間を削って、歴代の武装司書の本を読みあさった。
 禁じられているはずの複数の魔法権利の取得を試みた。
 どれもさしたる効果はなかった。どころか私の体を限界まで追い詰め、体と精神を疲弊させ、結果として後輩に追い抜かれていくだけだった。
 惨めだった。取り残されていく自分が。
 成功された人間に知ったように励まされることが。
 ヴォルケンにとっては当然のことだったのかもしれない。努力すればできる。だけど、それは私には違った。
 苛立ちと、どうしようもない虚無感を抱くと同時、私は気付いた。
 ヴォルケンと私では、住む世界が違うのだと。


「……武装司書をやめるというのは、本当だったんだな」
 かけられた声に、私は歩みを止めた。
「……ヴォルケン」
 見ると、若草色の頭の青年――ヴォルケンが私の目の前に立ち、なんとも形容しがたい表情をしている。
「ええ、そうよ。やめるの。これ以上足掻いても、私は武装司書になれない。だから、やめた方がましだと思って」
 精一杯のあてつけだった。けど、まっすぐなヴォルケンはそれに気付かず、心底残念そうな表情で言葉を続けた。
「一緒に武装司書として戦える日を待っていたのに」
 気付いたら、ヴォルケンの頬を殴り飛ばしていた。
「本気で言ってるの!?」
 いくら武装司書になれなかったとはいえ、鍛えに鍛えた私の拳は常人の何倍もの重さを持っている。備えていなかったヴォルケンの体は、数メートル先まで張り飛ばされた。
「本気で、私が武装司書になれるだなんて、思ってたの!?」
 殴られた意味が分からないのだろう。困惑した目で私を見上げたヴォルケンが、頬を抑える。
「だって君は、誰よりも努力をして――」
「努力でなれたら、私は今頃辞めたりしていない!」
 努力さえあればどうにかなるなんて、そんなの才能がある人の言い分だ。
 確かに、努力がなくては、どんなに才能がある人だって開花しないかもしれない。けど、その元になる才能がなくては、どんなに努力したって無駄なのだ。
 それが、才能のある人間には分からない。
 才能のある人間は、それがどんな人間にだって出来るのだと思い込んでいる。
「私、ヴォルケンなんて大っ嫌い」
 今度は殴る気にもなれず、私は彼の横を素通りした。
「無神経で、他人の気持ちなんて少しも分かっちゃいない」
 呆気にとられた目が、私を見つめる。吐き捨てるようにバイバイを言ってあげた。
「貴方はきっと、その性格で大事なものを失うよ」



 波止場までの道を、泣きながら歩いた。
 涙を拭うこともせず化粧が崩れることにも頓着しない女の姿に、道行く人たちが振り返るのが分かる。でも、もう、どうでも良かった。
 大っ嫌い、ヴォルケンなんて。
 才能がある人間なんて。
 才能がある人間にはない人間のことなんて分からない。それは知っていた。分かっていた。
 本当に嫌いなのは、ヴォルケンじゃない。
 身の程知らずな夢を勝手に見て、勝手にヴォルケンに恋をして、勝手に裏切られて、勝手に夢に破れて、そしてその責任を全てヴォルケンになすりつけようとしている私自身が、一番嫌いだ。
 ほら、やっぱり住む世界が違う。
 どうして私が殴ったのか、どうして私が泣いたのか、きっと一生ヴォルケンには分からない。
 いいえ。
 分からないままでいてほしい、そうじゃなきゃ、もっと惨めだ。











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