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□溺れる。
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窒息で気が遠くなっていく。
泳げなくなって溺れていくのと似たようなものなのかもしれない。
「…っは」
重力で落ちてくるものが喉奥に入り込んで、飲み込みたいのにそれをさせてくれない。
顎を引いてみても離されない。口を閉じることさえ出来ない。送り込まれる熱と、僅かな空気。耳を覆っている湿った掌に擽られて息が上がれば、余計に酸素が足りなくなる。
のし掛かられて、隙間なく身体が重なっていた。
重くはない。けれど、動くことができなかった。
「……水鏡」
ふと、距離が離れて目頭辺りに息が掛かる。
喉に絡まるそれを払って、白く滲んでいた視界を元に戻せた。
「苦しい?」
唇の端に垂れている唾液をわざとゆっくり舐め取っていく烈火に文句の一つも言いたかったが、水鏡の返事を待たずに再び重なっていく。
「……ん…っ」
烈火の右手が水鏡の顎に掛かって開けろと訴えれば、疲労で麻痺しかけている感覚は烈火の思い通りになっていく。
大きく酸素が取り込めたことで、動かなかった腕を上げることができた。抱きつくような形にはなったが烈火のシャツを引き、目を合わせて訴える。
それに少し目を細めてから名残惜しげに水鏡の唇を解放し、烈火は薄く笑った。
「どうした」
「……どうしたじゃない…」
「ひでえ声」
大きな声を出していたわけではないのに掠れている水鏡の声に、烈火は眉尻を下げながら彼の首に口づける。痕をつけることはしない。軽く喰んで離れていった。
「もう…、いいだろ」
「よくねえよ、足りない」
「苦しい」
「苦しい?……どっちが?」
重なっていた身体を押しつけて、熱く熱を持つ下半身を擦り付ける。同時に呼吸を奪いにきた烈火の後ろ襟を引っ張り、寸前で回避した。
「息が苦しいって言ってるんだ」
「あぁ、なんだ」
そっちね、と笑いながら水鏡の頬をするりと撫でた。その手はとても熱かった。
「だって、脱がすと怒るし」
「程度を弁えろ、殺す気か」
「嫌なら逃げなよ」
しないくせに。
文句ばっか。
「じゃあさ、これならお前苦しくないんじゃない?」
そう言い、水鏡に抱きついたかと思えば横へ体重を移動させて。烈火は自分の上に彼を乗せた。
「……っ」
「はい、アーンして」
「……お前」
「なんだよ、苦しいんだろ?俺が全部飲んでやるから」
だから、ほら。と、首の後ろに手が回った。ぐっと入る力の強さからして、烈火が本気だということが分かり水鏡の顔が曇った。
「……そういう事じゃない」
「口が嫌なら、体中にしてもいい?」
「だめだ」
「口、開けて」
両腕は自分を支える為に使っている。引っ張られるようにして唇を重ねてしまえば、まるで水鏡が烈火を押し倒しているかのような形になる。後頭部にある手のひらの力は緩むことなく強く、緩めに水鏡を擽った。
「……っふ」
重力で流れていく自分の唾液が、音を立てて吸い込まれていく。先程までとは違う烈火の吐息に、何かいけないことをしている気分にさせられた。
烈火の空いている左手が水鏡の顔まで伸びてくる。頬を撫でられて、髪の毛を掻き揚げられて。耳を滑っていったと思えば、口角から人差し指が侵入する。
「ぅ…ぁ……」
「ほら、もっと。もっとちょうだいよ」
頭を抱えられて動けず、何とか片腕を使って引き剥がそうとしても脚を絡められているので力が逃げていってしまう。
頬の内側を刺激され、溢れていく。閉じられない口から滴るものは烈火の手を汚し、それを水鏡をじっと見ながら舐めていく。
「……ぁ、…や」
「……ん」
視界が揺れる。
指が離れて、近づいたのは烈火からだったか。
深く重なって。
奪い合って、与え合って。
溺れて。
end.
2023年1月12日