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□いつかは冷めていく気持ち
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空調の音が大きく聞こえる静かな資料室。
時間的に、廊下からは微かな足音と、たまに生徒や教師の声がするくらいだった。
他の学校と比べて比較的充実しているこの学校の大きめの資料室には水鏡以外には誰も居ず、黙々と作業をこなしていけた。

チャイムも鳴ったので、そろそろ職員室に戻ろうかと考えたその時。

「先生!飯食おう!」

「……教室帰れ」

突然ドアが開き、一人の生徒が顔を出した。
水鏡は目線だけ生徒にやり、小さく溜息をつく。
言葉が聞こえなかったのか、振りをしているのか(きっと後者であろうが)。その生徒は資料室に躊躇無く入り、座っている水鏡の傍へ足を進めた。

「俺、パン持ってきたから」

「花菱」

「『れっか』」

「……」

軽く首を振り、再び息をつく。
近頃、どこにいようとも烈火に遭遇するのは、間違いなく追いかけられているからで。
しかし、まさか生徒立ち入り禁止の資料室まで来るとは。
水鏡は頬杖をついて、笑顔の烈火を見据えた。

「僕は、職員室で食べる。生徒は教室。決まってるだろ」

手をひらひらして追い返そうとするが、全く聞くつもりも無いのか烈火は

「やだよ、水鏡先生とたべたいー」

わざと甘えた声を出した。
余りにも顔と合っていなかったので、正直気持ち悪いと感じた水鏡だったが、さすがにそれは口に出す事はしなかった。

「嫌だも何もな……」

席を立ち、開いていたファイルを閉じる。

「教師は弁当を配られるんだ。職員室で食べるのが普通だろ」

無茶言うな、アホ。

水鏡にアホと言われたことには何の反応もせず。烈火は首を傾げた。

「じゃあ、一緒に帰ろう」

「無理だ」

「早くね?」

水鏡の即答ぶりに烈火が苦笑した。
散らばっていたファイルとプリントをまとめて、正面にいる烈火に視線を合わせる。

「もうすぐテストだろ。忙しいんだよ」

というか、お前は勉強しろ。と付け足した。
言っても無駄な事は分かってはいるが、これは教師としての立場上の台詞だ。

「あの、えげつない難しさのテスト作るのが?……先生ってサド?」

つまらない教師の台詞はあっさり流した烈火が嫌々そうに冗談めかしてそう言うと、水鏡は少し目を大きくしてから薄く笑った。

「そうかもな」

「じゃあ、家にも行けないじゃん」

「来なくていい、勉強しろ」

毎週のように家に来るこの生徒が、テスト前だけは水鏡の家に来ないのは、自分が勉強しているからではなく。教師である水鏡の立場に気を使っているから。
何も無くても、疑いをかけられるようなことになったらいけないからだ。たとえ、烈火の点数が疑われるようなものでなくても。

それを考えているところは、賢いと思う。
ちなみに、普段「家には来るな」と言っても無駄で、諦めたのはずいぶん前の話だ。

「冷たいねー、先生」

持っているパンの袋を振り回す。
拗ねているように見えるが、そうでない事は水鏡は知っていた。

「そうだな」

「でも、好き」

「……お前な、ここをどこだと…」

「好き」

「分かったから」

「水鏡」

「……っ」

ふと視線を捉えられてそれに合うと、烈火の表情の変化に気づく。
毎日飽きもせず自分に好きだと言い続けて、それを軽くあしらう度に少し悲しそうな、悔しそうな顔をする。
水鏡にはそうするしかないと、烈火自身理解してはいるものの、納得しきれていない。というような。
水鏡にも、烈火の気持ちは分かっているつもりだ。
しかし、他に対処の仕様が無いのは事実。
烈火の気持ちが冷めるまで、水鏡は待つつもりだった。

ほんの何秒か視線が交わった後、烈火は小さく呟いた。

「本気にしてくれるまで、言い続けるから」

「……」

「じゃあねー」

最後の台詞は明るく、きちんと「失礼しました」と扉を閉めて出て行った。




きっと、本当なのだと思う。
いつかは冷めていく気持ちであっても、今このときの烈火は自分を好きなのだ。
それを受け入れる事もできない、あからさまに拒否する事もできない。
好きだといわれても、平行線でいるしかない。烈火にとってはもどかしいものなのかもしれないが。



「……」

水鏡は、先程入れたばかりの椅子を引き出して再び腰をかけた。



でもやはり

自分の何がいいのか。何が欲しいのか。

どれだけ考えても。
水鏡には、分からなかった。






END.

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