拍手御礼
□好き。だから
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この声とか、体温とかが別の人間のものになっていたかも、なんて考えたら。どうしようもない程の不安が襲ってきた。
抵抗しているような誘い方も、叱るような甘え方も。
自分のものでなかったら。
水鏡に出会っていなかったら、この人は俺のものではなかったんだ。
「あっ…」
布ごしに胸をまさぐって、敏感なところはしつこく爪を立てた。
「……っ」
首を振って腕を取られても力は入っておらず、ただ震えるだけで。愛しくてシャツの中に手を入れた。
固く主張しているそこを始めは優しく、しばらく弄んでからつまむ。不意に引くとびくりと反応した。
「く…、…んんっ!」
顎が上がって背中が反る。その綺麗な後ろ姿を眺めてから、彼の頬に近づいた。
「なぁ、水鏡」
囁くように吹き込むと長い睫毛が震えた。静かにもう一度呼べばうっすらと目を開け、視線だけで振り返る。
「ねぇ例えばさ……」
手の動きを緩めて意識を会話に向けさせる。軽く息を吐いて、水鏡は力を抜いた。
浮いていた腰を膝の上に座らせ抱きしめて、それでも身体を撫でつづける。芯の熱は冷まさないようにした。
「なに……」
少し疲れたのか、ため息のような声が色っぽい。
「もし、水鏡の恋人が俺じゃなくても。お前は……、こんな声とか…出してんのかな」
「……」
「こうやって身体熱くして、相手の事…夢中にさせてんのかな……」
自分で言って馬鹿みたいだと思った。
彼に聞いても答えようのない事だったから。
思った通り、水鏡は呆れた声で返事をした。
「何を言ってるんだ、おまえは……」
「……そうだな」
笑うしかなかった。
本当に何を言ってんだ。自分で勝手に想像してその相手に嫉妬してる。救いようのない馬鹿だ。
いくら考えても想像は想像なわけで、実際水鏡はここにいて自分に身を委ねている。それはあまりに不健康過ぎる妄想だった。
もう考えるのを止めようと彼の首筋にキスをして、再び没頭しようとした。
「…んっ、……烈火…」
「ん?」
「おまえは……そんなこと考えてたのか」
「悪かったな、もう言わねぇよ」
少し恥ずかしくなって、余計な事を言ったと後悔した。
「……そうじゃなくて…」
珍しく、からかうような口調ではなかった。
「少し、驚いたんだ……自信と自惚れで生きてるのかと思ってたから」
「あのなあ」
俺だって……と言いかけて水鏡が遮った。
「僕と会っていなかったらなんて、おまえが考えているとはな……」
少し低めの声は、いつもと様子が違った。
「水鏡?」
「……烈火」
振り返ることはせずに、下を向いた。
「おまえは、偶然だと思っていたのか」
「……っ」
偶然出会って偶然惹かれて、偶然恋人になったのか。そう聞かれたと理解した。
運命とか必然とかそういう類の言葉を好まない彼が、この状況で口にした事に驚いて。それ以上に後悔が胸の中で暴れ回った。
なんて馬鹿なことを考えていたんだろう。
「……いや」
これだけ惹かれて、自分でも怖いくらいこの人を欲して、危険な程の独占欲でいっぱいで。この人は自分のものだと、数え切れないくらい叫んできたのに。
きっと水鏡は、自分がこんなことを考えているなんて想像していなかったのだろう。他人では分からないくらいの違いだったが少し悲しそうな彼の声色に気づいて、より一層苦しくなった。
「…そうだよな。お前の恋人に、俺以外誰がなれるんだよ」
笑って頬にキスをすると、ゆっくり上がった手に頭を撫でるように叩かれて。いつもの水鏡の声がした。
「調子にのるなよ」
それがまた愛しくて、振り向かせて優しく口づけた。
END.