P小説
□Velvet Blood 1
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深く暗い森の奥。
町の明かりから遠く離れたこの場所で、『風が鳴き』はじめて何週間も経つ。
生暖かく走る不気味は、町に恐怖をもたらしていた。
『立ち入るな。あそこには、呪いの風が吹いている』
黒い影が通り過ぎた後に、草木が躍り。
廃墟になって長い年月が経っているこの館の庭には、その姿を確認出来ない。
闇の中で息づく影は傍からは風のように感じられ、それを目に捕らえることの出来ない人間はその血を捧げるだろう。
……ただ一人の、聖職者を除いて。
- Velvet Blood -
「…」
微動せず、自分を取り巻く風を感じている男。その細い肢体を覆うのはその証である白い布。色素の薄い長い髪を後ろで一括りにしているが、今は流れる風にあおられ滑らかに波打っている。胸には細やかな細工が施された十字のペンダントが光り、細い手にはそれと同じ銀色の、聖職者には到底結びつかないピストルが握られていた。
――― 俺の姿が見えないか… ―――
耳から入り、腹の方まで響く気味の悪い声が男に語りかける。
返事をせずただ立ち尽くしているだけの細身の男に、低い声は嘲る様に言った。
――― 全て一撃で俺たちを消してきたそうだが、…それまでか ―――
すると黒い風は影に変わり、男の背後を取る。その動きは、一呼吸のうちの速さで行われていた。
――― ……さよならだ… ―――
鋭い牙が白い首筋に狙いを定め、落ちる瞬間。
「さよなら」
男の右手に握られていたピストルが、ヴァンパイアの顎を捉えた。
――― ……っ!! ―――
頭に響く音が、ピストルの唸りかヴァンパイアの悲鳴かは定かではないが、砕け散る白い粉が地面に落ちると同時に風も止んだ。
「……A men…」
次の日の朝。
「そう、わかりました。ご苦労様だったね、水鏡」
労いの言葉をかけるこの男は、水鏡がいる教会の神父である。温和そうな顔とそれを裏切らない優しい性格で、町の人たちにとても好かれていた。水鏡がいつものようにヴァンパイア消滅の報告をしに行くと、子供たちに囲まれていたのがいい証拠だ。神父は困ったような顔をした後、子供たちをどうにか宥め水鏡を奥の部屋へと通したのだ。
「今回も、戦闘能力はさほど高くありませんでした。強いて言うなら、素早さくらいですね」
向かい合わせに座る水鏡は、昨夜のヴァンパイアの特徴を淡々と話す。
「そうですか。『風が鳴いている』という人々の訴えもそのせいだったんでしょう」
「えぇ、あれを見切れというのは一般人には無理です」
早すぎて目にも留まらず、何も分からないうちに命を奪われる。
呪いの風が吹いているといわれた古い館の謎は、ヴァンパイアのせいだったのだ。
「…怪我はありませんか?」
「はい。ありがとうございます、神崎」
報告の後、必ず訊かれるこの台詞に水鏡がいつものように答えると、「なによりです」と、神崎は微笑んだ。