ABYSS-1

□『ウタヲウタウ』
1ページ/1ページ

眠れない夜には、歌を唄おう。

会えない悲しみも。
やがて来る再会の喜びも。
俺の事を知らない貴方に対する恐れも。
溢れる愛しさも。

残らず歌に乗せて、届けば良いのに…。
届く事を祈って、歌を唄うよ。

あの、紅い月に。








「おい、どうした?」
執務机から視線を上げ、窓の外に向けているとそう言われた。
視線を部屋の中に戻すと、相変わらず人の部屋の片隅に本の山を造っている人物と目が合った。
金の髪に褐色の肌、膝にはまだ小さなブウサギ…。
「陛下、いい加減その本の山片付けてください、後動物の持ち込みは止めてください」
そう言うと、やれやれと言う動作を返された。
「まったく、本当に可愛くない奴だな、可愛い方のお前を見習ったらどうだ?」
予想通りの反応だった。
「大きなお世話です、それより、その膝のブウサギ…また新しいの増やしたんですか?」
目の前の人物には困った趣味がある。
極度のブウサギ愛好家と言うのもその一つだが、問題はそのブウサギに付ける名前にあった。
気に入った名前、と言うか人物の名前を“勝手に”付けると言うものだった。
非常に迷惑だった。
「それで?今回の可哀想な犠牲者は誰なんですか?」
聞くと、とても楽しそうで嬉しそうな顔をした。
おもむろに膝の上のブウサギを抱き上げ、その湿った鼻面に音を降らした。
「ルークだ」
聞いた事の無い、名前だった。
城や軍の人間なら全て覚えている。
「また、抜け出しましたね?」
そう言うと少しも反省の色を見せず、笑う。
「お前も誘おうと思ったんだが、仕事で居なくてな」
どうせ護衛の一人も連れずに出たのだろう。
ため息を吐く。
「それで、何処の誰ですか?そのルークさんと言う方は…」
「知らん、教えてもらえなかった」
きっぱりと答えられた。
不用心にも程がある。
腐っても一国の主。
いつ命を狙われるか解らない。
そう言う雰囲気を感じ取ったのだろう、言葉を続けてきた。
「服装は質素にしていたが生地が上物だったな、後立ち居振る舞いは粗野に見えて実は綺麗なものだった、あれは貴族か何かの出だろう…お忍びっぽかったし」
見る所は見ていると言う事か。
「…今後は、気を付けてください」
「はぁ〜い」
気の無さそうな返事を返された。
ため息を吐き、窓の外に視線を戻す、其処には…。

紅い月が見ていた。

「“ルーク”…ね」

歌を聞いた気がした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ