※2015年度拍手SSより偽婚約者兼幼馴染主
※2016年度拍手SS『匂ひ紫』後




「ああああああああ、やってしまったあああああああ」


自室で、私は頭を抱えた。その瞬間、右腕と額がズキリと痛んだ。余計に重い溜息が零れた


「(なんで、こんな時期に…)」


昨年の暮れ、私は静司からのプロポーズを受け、正式に婚約した。今度は"ふり"ではない。静司の、本当のお嫁さんになれるのだ。年が明け、生家への報告や両家への挨拶を済ませ、来月には結納が控えている。生家では、偽婚約を破棄し実家に戻ったとき散々もめて、今回二度目の婚約ということで更に大もめしたが、元々的場一門とは協力関係にある一族なので静司が取りなしてくれたおかげでなんとかまとまった。一門の方も、そこそこ妖力が強ければ文句はないとのこと。順調に、進んでいると思ったのに。否、だからこそ気が緩んでしまったのだろうか。浮かれまくっていた自覚はある。そうして祓い屋の依頼の最中、ドジってミスって、怪我をしてしまったのだ。全治1か月半。たぶん結納までには治らない。依頼されていた妖を退治できたことだけが、せめてもの救いだった


「最悪だ…。何やってるんだ私は…!」


仮にも、1年間静司の婚約者の真似事をしていたから、"的場当主の妻になる"ことがどういうことか、どれだけ危険で重い責任を背負う立場になるのか、身をもって知っているのに。このザマで。力不足を痛感してしまう。悔しくて、情けなくて。正直、静司に合わせる顔もない。と自室に蹲っていたとき、


「怪我をしたと聞いたけど、具合はどうなんだ」


一番見たくない顔が、訪ねてきた


「…、……、………ダイジョウブダヨ」
「…全然大丈夫じゃなさそうだな」


顔を上げられなくて、静司の表情は窺えなかったけれど。言葉に、声に、心配の色が見えて。心配してくれて嬉しい気持ちと、情けないところを見せてしまったバツの悪い気持ちがぐるぐる回る


「ゼンゼンダイジョウブダヨ」
「棒読みやめろ。…いつまでそうしてるつもり?顔上げなよ」
「…、……、………」


そう言われても、呆れられるのが怖くて、妻に相応しくないって思われるのが恐ろしくて、やっぱり顔を上げることはできなかった


「それとも、頭も上げられないくらい怪我、酷いの」
「ちがう…けど、」


ああ、もう、やだな。悔しいし、情けないし、怖いし、怪我痛いし、静司の顔も見れないし。涙が、出てきちゃうし、


「じゃあ……私と結婚するの、嫌になった?」


静司はそんなありえないこと聞いてくるし


「…私のところに来たら、もっと酷い怪我することだってあるかもしれない」


そんなこと分かってる!そんな覚悟はとっくに出来てるわよ!と言ってやりたかったけれど、泣いていることに気付かれたくなくて、小さく頭を振るしかできなかった


「こっちを見ろ」
「や」


尚も拒むと、静司は溜息を吐きながら側に膝をついて、


「…怪我は、本当に大したことないんだな?」


頭を撫でた。その優しさが沁みて、余計涙が溢れてしまったので、やはり小さく頷くしかできなかった


「ならいい。…なんて、私が言うと思った?」
「ひえっ」


優しい声色から一片、背中が凍るような冷たい声がした。静司は短気だから、私がいつまで経っても顔を上げないことに痺れを切らしたのだろう。だからって、両手で頭を掴んで力づくで上を向かせるとか、女性に、まして婚約者にすることじゃないと思う


「なにすんの!」


その怒りと、泣き顔を見られた悔しさを込めて睨みつける


「泣くな」
「泣いてない!」


見ればわかる嘘だけど、それでも強がらずにはいられなかった。静司に、弱いとこなんて、見せたくなかった。昔も今も、静司は弱いものが嫌いだから


「何年、お前を見てきたと思ってる。お前が、弱ってるときほど強がるのなんてお見通しだ」
「〜っ」


また、ぽろぽろと熱い液体が流れ落ちていく。なんで私、こんなに弱いんだろう。浮かれて、怪我して、静司の前でぼろぼろ泣いて


「泣くな。もう二度と、お前に怖い思いはさせないから」
「えっ、せい、」


思いもよらぬ言葉。未だ嘗て、静司からこんな言葉をもらったことがあっただろうか。思わず名を呼ぶ。しかし彼はそれを遮って、


「ん…、…、……んんんん!!??」


唇を、奪っていった。涙は、いつの間にか、止まっていた


「せ…静司…いま…」
「ああ、つい」


ついってなんだついって!!ツッコミを入れる前に静司は掴んでいた私の頭をまたぐい、と引き寄せて


「怖い思いはさせない。私が守ってやる。だから、私から離れるな」


まっすぐに私の瞳を見つめて、そんなことを言うのだ。なんだこれ。こんな…こんな、体中が蜜に変わっていくような。溢れ出るような。こんな気持ち、知らなかった。言葉が上手く出ない


「は、なれ…ないよ」


それだけ、なんとかひねり出す


「そう」


安堵の滲む声。柔らかく細められた眼差しには、深い慈しみが湛えられていた


「私が…静司の特別を手に入れるのに何年かけたと思ってるの。今更、離れろって言われたって離れないよ」
「それならいい」


肩を、優しく引かれて。背に腕が回る。身体が静司にすっぽり包まれて。ありえない展開に、心がついていかない。でも、静司がこうやって、私の弱さごと、脆さごと、愛してくれるなら。十年続けてきた片恋を諦めなくて良かった、って。やっぱり少し浮かれてしまうのだった


奇跡のあとには、
(なんで今日はこんなに優しいの!?逆に怖いんだけど!)
(お前が泣くから。お前の泣き顔は苦手だ)
(えっ)
(不細工すぎて、見れたものじゃない)
(殴るよ!!??)
(実家に帰したはずの憎まれ口が、ただいまと言っていた)

2020.6.15 サリ
(リハビリ作品2つ目(笑))






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