die Hundert Gedichte

□1・露にぬれつつ
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1・露に濡れつつ 797年9月


花など手向けて何になる。
死んだあと、これ見よがしに高官の位を贈って何になる。
ジークフリード・キルヒアイスは敵に殺されたのではない。
味方に殺されたのだ。
それも、唯一無二の親友に見捨てられて。
どんなに取り繕ったところで、ベルゲングリューンの目にはそうとしか映らなかった。
声に出せない言葉を体に無理矢理抑えると、誤魔化しようのない怒りへと変化してゆく。
まだ、たった21だ。
墓碑に刻まれた没年から生年を引く単純な引き算で導かれた数字は、あまりに寡ない。
寒さを感じて震えるのではない。無論、嗚咽を堪えているからでもない。
ベルゲングリューンを支配しているのは純粋に怒りだけだった。
大理石に刻まれた「我が友」という言葉を、ベルゲングリューンは最早信じてはいない。


「我が友」を見捨てたのは、誰だ?
何故、彼がここに葬られている?
彼は、死をもって贖わねばならないほどの罪を負っていたのか?


あの時、彼の手にブラスターがあれば、誰も傷つくことなく暗殺者は簡単に射殺されていたはずだ。
過去に仮定形などないのは知っているが、行き着く思いはどうあがいても、そこにぶち当たる。
彼だけでも、いつものように武器を携帯できていたなら。
こんな事態は引き起こされてもいなかったのだ。
しかも、武器を取り上げた人間は生きている。取り上げるように進言した人間も生きている。
死んだのは、彼らではない。
少なくとも死ぬべき人間は、ベルゲングリューンの上官ではなかった。
嘆くよりも先に感じた怒りが、おかしな事に正気を保つ原動力になっている。
箝口令がしかれた中、上官の訃報をやっとの事で聞き出した時、ベルゲングリューンの中で何かが変化した。
混乱とその後の粛正の嵐が治まるまでの確かな記憶は残っていない。
現実は時を追って容赦なく突きつけられ、今でも対応するのが精一杯だ。


「我が友」などおっしゃらないでいただきたいものだ。
忠臣、主君を守って死んだ臣下でいいではないか。
元帥閣下、あなたが友人でなく臣下であるよう望んだ結果がこれではないか…。


ベルゲングリューンの口元が意地悪く歪む。
言葉にならない呪咀は、相手に届く前に自分の心も砕いてゆく。
葬儀が終わらないうちに、転属先が決まり、幕僚はばらばらになった。
艦隊も解体され、それぞれの分艦隊司令官は諸提督の元に移る。
軍隊とはそういうものだと知っていたが、虚無感は禁じ得ない。
皮肉なことに、彼の信頼を得ていたことは、ベルゲングリューンに付加価値を与えてくれたらしい。
転属先でも過分な地位を与えられることになっている。
軍を辞めるという選択肢は不思議に思い浮かばず、ただ辞令を諾々と受け入れた。
一日、わざわざ休暇を取ってまで、郊外の墓地に来たのはその決意を固めるためでもあった。
現実を受け入れ、新たに敵に立ち向かう覚悟を決めるために。
敵は味方にも存在するということを認識するために。人間は経験を積むことで対処方法を学ぶが、感情は1度受けた衝撃に過敏に反応するものかもしれない。


こんな思いをするのは。二度と御免だ。
理不尽な命令。国家や組織の為に、上官をむざむざと殺されてたまるか。
最後まで抗ってやる。
家畜のようにおとなしく殺されてたまるものか。
緑の瞳は瞋恚の眼差しで、誰かが捧げた弔花を睨みつけた。
花よりも、武器だ。
祈りの言葉も必要ない。

ただこの顛末を忘れないことだけが肝要だった。
美談に騙されることなく、どうして赤毛の青年が死なねばならなかったのか。
それを問い続けることが、ベルゲングリューンの当座の生きる意味と糧だった。罪のない、朽ちかけた白百合や白薔薇は露に濡れ、じっと死者を悼んでいる。
無言で立ち尽くすベルゲングリューンも、同じように霧に包まれ、雨に降られたかのように濡れていた。


ENDE



1 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ
 

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