die Hundert Gedichte

□10・しるもしらぬも
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10・しるもしらぬも 813年5月2日



朝から母さんはこれでもかってぐらいご馳走を作っている。
家中のお鍋もボウルも総動員だ。
僕の誕生日なんだけど、ハイン兄さんの好きなものの割合が多い。それも仕方ないことだと、今回は僕も納得している。
何故かというと、ハイン兄さんが今日「結婚を前提にお付き合いしている」女の人を連れてくるから。
そんなこと初めてだから、もう何日も前から母さんは舞い上がってしまっているというわけだ。
そういう僕だって、お義姉さんになる人がどんな人なのか、ハイン兄さんがどんな顔をしてくるのか知りたくて待ちきれなくて…家の外で待機している。
だから、母さんのことは言えないのだけど。
…こういうところ、僕と母さんは似ていると思うんだけどな。
いいお天気過ぎて、光が溢れ過ぎていて、目を細めて空をみあげた。
今日の空は僕の目と同じ色だ。
こんなに晴れた空をみあげる度に、僕は考える事がある。
僕の家族は、みんな髪の色も目の色も違う。
僕は褐色の髪に青い目だ。
父さんは蜂蜜色の髪にグレーの目。母さんはクリーム色の髪にすみれ色の目。
ハイン兄さんは金褐色の髪に茶色の目…ハイン兄さんは姓も違っていて、養子だとはっきりしているけど。
おじいちゃん、おばあちゃんは父さんと似たり寄ったり…もうおじいちゃんは髪の毛は残り少ないし、おばあちゃんは白髪ばかりだから対象外かもしれない。
母さん方のおじいちゃん、おばあちゃんはとっくに亡くなっている。
写真で見るおじいちゃんもおばあちゃんも、母さんとそっくりそのままの髪だった。
ただ写真の2人が、今の父さんたちより若い写真だから。そんな2人をつかまえておじいちゃん、おばあちゃんっていうのは気の毒というか気がひけるというか。
見るたびに不思議な気持ちになって…時間の辻褄が合わなくて混乱してしまう。
とにかく。どの人からも遺伝要素はまったく見当たらないんだ。
写真の裏側をみても、蝋燭の火で焙っても僕が望むような答えは多分出てこないんだろうな。
突然変異ということだってあり得るだろうけど、そうじゃないことも、内緒だけど僕はもう知っている。
僕は父さんと母さんと血のつながりがないということを。
いつからかは、はっきり判らないけど、僕は知っている。
ただ、同時に父さんも母さんもその事を隠すつもりが全くない、ということも判っている。
隠すんだったら、母さんの両親の写真でも細工すれば簡単なのに。
父さんは公明正大な人だし、母さんは優しい人だけど、間違ったことは父さん以上に許さない。
僕が大きくなるまでは、僕の人格がしっかりと固まるまでは待ってくれているんだ。
勿論、僕が尋ねたら、確認したら隠さず教えてくれるはずだ。
でも、それを口にする勇気は僕にはまだ備わってない。
狡いかもしれないけど、僕は許される限り、父さんと母さんの子供でいたいから。僕から言いだすことは今のところ絶対にない。
いつか。その日がきたら、僕は父さんと母さんに言うつもりだ。
「そうだったの?僕、知ってたけど知らなかったよ」
って笑って何でもないように。
だって、内緒話ってやつはばれるものだし、こそこそ話す事柄は、聞こえよがしに聞こえるものだから。
だから、本当の父親が誰で、どういう経緯で僕がここにいるかということを、僕はちゃんと知っている。
これは“公然の秘密”なのだ。
公然の秘密ってことは、みんな知っていて黙っているだけのことでしょう?
おかげでどんなに父さんと母さんが心を砕いてくれてきたのかも判った。
どんなに僕が守られていたかということも。はっきりと。
僕は父さんと母さんしか知らない。
実の父さん母さんがいるから、僕は存在しているんだけれども。
本物も偽物もわからない。比べようがないんだから。偽物が本物なのかな?
偽物だって、本物だと信じている間は本物なんだ。
失礼な言い方になるけど、本物だって管理が悪かったりしたら質が落ちるものだし。
頭がこんがらがるから、本当はあまり考えたくないんだけれど。
僕は考えないといけないし、忘れちゃいけない。
それが実の両親へ、今の僕が唯一できることなんだから。
きっと父さんはいつか、ちゃんと真実を教えてくれる。
母さんはちっとも変わらない態度でいてくれる。
ハイン兄さんが僕を涙目で見る時に、今度からは慰めてあげれると思う。
おじいちゃんやおばあちゃんは………笑って相手にしてくれないんだろうな。
「そんなことよりもフェル、苺をおあがり」
っていうぐらいだろうな。
ただ、心構えだけはいつもちゃんとしておこうと思う。
…今日の晩ご飯の時、いきなり父さんがいいだすかもしれないしね。
僕は今日一つ年が増える。こういう節目の日は、特にどきどきするんだ。
早くその日が来て欲しいような気もする。
今日1日終わるまで…おやすみっていうまで、ベッドに入るまで、眠ってしまうまで…心臓がばくばくし続けるのは本当に体に悪いんだもの。
でも、もうスポイルされるだけの子供じゃないんだ。背だって伸びたし、去年の夏服なんてみんな小さすぎるんだから。
それに、何も変わらない。僕は僕でしかないんだ。
目を閉じても、まだ頭の中に青い空が残っている。
深呼吸して僕はハイン兄さんの車の音がするのを耳を澄ませて待ち構えている。もうすぐハイン兄さんがお義姉さんになる人を連れてやってくる。
今までの誕生日と同じように、たくさんのプレゼントを抱えて、少し目を潤ませて。
その理由も僕は知っていて、何でもないように振る舞えるぐらいは大人になっている。
車の音が遠くから聞こえてきた。


ENDE

10.これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
 

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